皆様こんにちは。弁護士の菊田です。

 今回は、交通事故によって後遺障害を負ってしまった場合についてお話します。後遺障害を負ってしまうと、事故の後も、本人は日常生活のときや働くとき等に苦労しますし、近親者も、介護等で苦労します。また、そのためのお金もかかります。そのため、交通事故によって後遺障害を負ってしまった場合には、治療費等の実際にかかったお金だけでなく、事故後の生活にかかるお金や、事故にあわず、後遺障害を負っていなかった場合に得られていたであろうお金(このような損害を逸失利益といいます)の賠償も認める必要があります。

 しかし、このようなお金は、将来発生する費用であり、発生することが確定しているわけではないので、どのようにその額を算定するかが問題となります。

 そこで、交通事故によって後遺障害を負ってしまった場合に、将来発生する費用について、どのようにして損害額を算定するのか、どのような損害の賠償が認められるのかということの一部を、実際にあった裁判例(京都地方裁判所平成17年12月15日判決 自保ジャーナル1632号)を紹介しながら、説明したいと思います。

1 以下が、裁判例の事実の概要です。

 原告は43歳の男性で、美術大学卒業後、和装業界でデザイン担当の社員として勤めていました。しかし、収入が減ったことから、異業種で独立するため、専門学校に通いつつ、A社で嘱託社員として稼働していました。そのような中、原告は、平成14年2月18日午後7時35分ころ、滋賀県大津市内の幹線道路横断歩道を歩いて横断していたところ、被告の運転する、左折してきた大型バスと衝突しました。
 この事故の結果、原告は、脳挫傷等で31日入院し、21日実通院して、第4級後遺障害(数字が小さいほど重い障害とされます)を残し、記憶障害、記銘力障害、人格障害等の症状が認められるようになりました。

 原告は、このように脳に障害を負ったものの、平成14年5月1日からA社に復帰しました。
 原告は、1人でも通勤すること等はできたものの、この障害のため、A社でも、記憶力や持続力の低下が認められたり、他の社員とトラブルになったりして、平成16年1月20日付でA社を退職しました。
 もっとも、この退職は、解雇ではなく自主退職であり、A社においては、原告のデザイン能力は高く評価されていました。
 そして、これ以降、原告はひきこもるようになりました。

2 そして、この事案の、将来発生する費用について、裁判所は、以下のような判断を下しました。

(1) まず、将来の介助費用の賠償を認めました。

 裁判所は、原告が、自宅に引きこもって、周囲との関係で日常生活に具体的な支障が生じており、近親者による監視的な介助がある程度必要であるとして、日額2500円の介助費用の賠償を認めました。

 なお、この点に関連して、裁判所は、妻は、原告の介助を強いられて精神的負担を負うとして、上記の介助費用の賠償が認められていることにも配慮しつつ、妻に対して200万円の慰謝料を支払うように判断しました。

(2) 次に、原告の逸失利益については、原告の主張する額よりも、低い金額が損害として認定されました。

ア まず、前提として、交通事故によって後遺障害を負ってしまった場合の逸失利益は、簡単に説明すると、以下のような計算式で算定されます。

(年収額)×(後遺障害による労働能力喪失割合)×(労働能力喪失期間)―(中間利息)

 この計算式を見るとわかるように、後遺障害による逸失利益の算定に当たっては、被害者の年収額の認定及び後遺障害の程度が重要になってきます。

① 年収額については、事故前の収入を基礎として算出されるのが原則です。
② 後遺障害による労働能力喪失割合については、障害の等級ごとに喪失割合●●%といったように、一定の基準があり、基本的にはこれに従って判断されます。
③ 労働能力喪失期間については、始期は症状固定日、終期は67歳であるのが原則です。

イ 以上が原則的なお話です。しかし、原則はあくまで原則であり、必ずしも上記の原則どおりに年収額や労働能力喪失割合が決定されるわけではありません。実際に、今回の事案で、京都地裁は、以下のような判断を下しました。

 まず、年収額について、裁判所は、

① 原告が独立して事業を展開した場合にどれほどの収入が得られるかはいまだ不明確であること
② 原告がA社の前に勤めていた会社では、平成10年以降退職するまで給与の減少傾向がみられたこと
③ 原告は、平成10年以降は、平成7年当時の年収(439万7,350円)レベルを回復したことはないこと
④ 原告の就労意欲、能力、年齢等

を考慮して、年収額を、症状固定時である平成15年の賃金センサス男子労働者全年齢平均(547万8,100円)の4分の3と認めました。

 次に、労働能力喪失割合についても、裁判所は、

① 原告のデザイン能力は衰えておらず、A社もその能力を高く評価していたこと
② A社は、原告の人格変化に困惑していたにもかかわらず、直ちに原告を解雇する方向には向かわなかったこと
③ 原告の障害は、一部でも回復する可能性は否定できないこと
④ 勤務先や家族の理解、協力を得られれば、就職して継続して勤務することも不可能とはいえないこと

 等を理由として、原告が完全に就労不能であるとはいえないとして、事故当時の基準では第4級後遺障害に該当する場合の労働能力喪失は、92%とされていたにもかかわらず、原告の労働能力喪失率を85%としました。

ウ このように、裁判所は、基準にこだわらず、事案に即して柔軟に対応しました。基準があるからといって、その基準を下回る収入が見込まれる場合には、必ずしも基準通りの賠償額が得られるわけではないことにご注意ください。