※以下の会話は登場人物も含め架空のものです。
乙川「実は駐車場でワタクシのおベンツがRV車にぶつけられてしまいましたの。」
太田「(おベンツって・・・)写真なんかありますか?」
乙川「携帯のカメラで撮ってやりましたわ! ほら!!」
太田「ベンツのEクラスがこんなに凹むとは、よほど思い切りぶつかったか、最近の国産RVが丈夫になったか、それにしても大したものです。うんうん。」
乙川「先生、感心している場合じゃありませんことよ。こういう場合、修理代にプラスして評価損も請求できるのよね?」
太田「もしかして乙川さんのベンツも買ったばかりですか。」
乙川「そうですのよ、この間BMWから買い替えたばかりで・・・。」
太田「(甲山社長といい、地主の乙川さんといい、最近は顧問先が大変だな・・・)まあ、買ったばかりのおベンツであれば評価損の点は主張してみる価値がありそうですね。」
乙川「それはそうと。うちは山に家があるから、自動車がないと生活できないの。それで、相手の保険会社に代車について聞いてみたら・・・先生、国産しかないんですって!」
太田「そりゃそうでしょう。誰が代車におベンツを用意しますか?」
乙川「でも、ワタクシはしばらく左ハンドルの車しか運転しておりませんことよ! 右ハンドルに慣れなくて事故を起こしたらどうするのですか。せめて左ハンドルの車を・・・。」
太田「乙川さん、お気持は分かりますが(国産車しか乗らないから本当は分からないよ!)、高級外車の場合、代車は国産高級車が妥当というのが判例の基準ですね。ですから今回はクラウンあたりが出てくるのではないかと。」
乙川「納得いきませんことよ! ディーラーに外車を用意させます。」
太田「え~と、一旦話を整理すると、代車は相手方保険会社が用意する場合と、自分で修理業者などに出してもらって後で代車の費用を請求する場合があります。」
乙川「ワタクシは後者でやります!」
太田「ダメとは言いませんが、その場合、全額は出してもらえない恐れがありますよ。」
乙川「実際におベンツの代車を出してもらっても、ですか?」
太田「業者と話し合って、高級外車を国産車並みの料金で貸してもらえるのであれば話は別ですけどね。ベンツを通常借りた場合の費用は出ないと思って下さい。下級審判例ですが、ベンツの事故でベンツの代車費用は相当じゃないのでクラウンマジェスタの代車費用を認めたという例があります。」
乙川「いいわ、差額は自腹でおベンツを借りることにする! それなら問題ないでしょ?」
太田「それなら特に問題はないと思います。ただ、保険会社の提携しているレンタカーの業者は安く代車費用を設定しているものなので、それを基準にしてしか代車費用が支払われないことが多いのですね。つまり、クラウンが代車相当であるとして、通常代車としてクラウンを借りた場合よりも安い金額しか支払われないことがあるということです。なので、自分で代車を頼む場合はその辺りを注意してください。」
乙川「分かりました。」
<2週間後>
乙川「先生、お忙しいところお電話して申し訳ありません。」
太田「どうされました?」
乙川「うちのおベンツがまだ修理から戻ってこないので、相手の保険会社に代車費用はいつまで出るか聞いてみたら、もう支払えないなんて言われました。せっかく向こうの出した国産車で我慢しているのに。」
太田「(結局我慢したか・・・)よくある話なんですよね~。2週間で代車打ち切り。」
乙川「先生、のんきそうに言わないでくださいよ!」
太田「しかし、どうして修理に時間がかかっているのでしょう?」
乙川「やっぱり外車は国外からパーツを取り寄せるので、国産車よりは修理に時間がかかるとのことでした。」
太田「なら、そのように主張するしかないです。」
乙川「それでも保険会社が払ってくれないと言ったら?」
太田「そのときは先に自分で代車費用を支払って、後から訴訟で請求するしかないですね。」
乙川「代車費用だけの訴訟なんて、何だか割に合わない気がするわ。」
太田「評価損も合わせて請求すると良いと思います。」
乙川「ああ、そうでした。判例ではどのくらいの期間代車費用が認められているものでしょうか?」
太田「正直、事例によってまちまちだとしか言いようがないですね。通常、買い替えしなくちゃいけないような場合だと、大体保険会社の基準で2~3週間じゃないですか。修理に時間がかかってしまっただとか、交渉の途中で色々あってそもそも修理に出すまでに時間がかかってしまっただとか、修理したほうがよいのか買い替えたほうがよいのか悩む事案であるとか、合理的な理由があればその期間だけ代車費用が認められます。」
乙川「そうなのね~。良かったわ。ところで、代車費用についてもう少し色々なケースを教えてくださいな。」
太田「(書類がたまってるし、長電話したくないなあ)そもそも代車費用自体が支払われないというケースがあります。いわゆる『ヒャクゼロ』の事案じゃないと代車費用を払わない、という保険の担当者が結構いますが、そういうのは裁判では通らないので折れないで代車費用を請求してくださいね。もっとも、過失割合の分だけ自己負担になりますが。」
乙川「他には?」
太田「仕事で使っていなくて、完全にプライベートでしか自動車を使用していない場合には代車費用は認められないことがあります。なので、乙川さんの場合は保険会社に支払を拒まれる恐れがあったのです。」
乙川「ワタクシはたしかに仕事はしておりませんが、家が山にあって車なしでは生活できませんの。先生もお分かりでしょ? 電車も近くは走っておりません。」
太田「そういう事情があれば認められるでしょうけどね。」
乙川「先生が支払いを認めさせた事例を教えて下さいません?」
太田「業者に借りていない期間について代車費用を認めさせたことがあります。途中までは業者に借りてたけど、2週間後に業者が『もう保険会社が払ってくれなくなるから』と代車を引き上げてしまったんですね。その後、依頼者は親の車を借りてたんです。その代車費用を払わせたの。親だといってもタダじゃない!って。」
乙川「それはいいんですか?」
太田「途中で代車費用を支払わなくなるのも悪いですから。結局交渉で1か月分くらい認めさせたかな。買い替えなければならない事案で、同程度の軽自動車が中古車販売店で見つからなくて時間がかかった、という理由で。平成一ケタモノなんかそりゃ見つからんよって思いましたが。乙川さんにはそういう庶民感覚はお分かりにならないでしょう?」
乙川「物をだいじにするということは素敵なことですわ! ワタクシのこのカバンだって20年モノですもの。」
太田「・・・それ、ブランド物じゃないですか。軽自動車を20年近く乗り回すのとは意味が違いますよ。」
弁護士 太田香清