Xさん:「この間、友達が交通事故に遭ってしまって、怪我はせずに済んだんですが、車が壊れてしまって、買い替えることになったんですよ。それで、その買い替え費用について、保険会社と話をしていたらしいんですけど、らちがあかなくて、訴訟をしようと思ってるっていう話なんです。」

A先生:「なるほど。不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を起こすということですね。」

Xさん:「そうなんです。訴訟では、相手の過失を立証しなければならないらしいんですが、それが大変みたいで、すごく困ってるんですよ。そもそも、なんで加害者に過失がないといけないんですか?車を壊したんだから、その代金を弁償するのは当たり前だと思うんですけど?」

A先生:「そう思う気持ちはわかります。では、今回は、過失責任主義という考え方について説明しましょう。」

Xさん:「過失責任主義ですか?」

A先生:「そうです。過失責任主義とは、過失がなければ責任を負わない、つまり、行為者に不注意がなければ、そこから損害賠償責任などの責任が生じない、という考え方です。」

Xさん:「どうして、不注意がなければ責任は負わずに済むのですか?被害にあった人にしてみれば、不注意かどうかなんて関係ないじゃないですか。」

A先生:「では、過失責任主義が働かない社会を想像してみてください。」

Xさん:「事故をしたら、加害者が必ず損害賠償するんですよね?大助かりじゃないですか。」

A先生:「そうですか?私だったら、外を出歩くのが怖くなりますね。」

Xさん:「どうしてですか?」

A先生:「だって、どんなに注意していても、いきなり損害賠償責任を負わされる可能性があるということでしょう??外を歩いていて、飛び出してきた女の子にぶつかってしまって怪我をさせたら損害賠償義務を負ってしまいませんか?」

Xさん:「それは、女の子が悪いんだから・・・」

A先生:「その『悪い』という判断が、過失責任主義に基礎づけられているのではないですか?」

Xさん:「うーん・・・たしかに、不注意な人が悪いという考え方はわからないではないんですけど・・・。」

A先生:「過失責任主義というのは、上で述べたように、いきなり責任を負うようなことがないようにできた仕組みなんですよ。要するに、合理的に行動している限りは責任を負わないということです。これで、人々の行動の自由を保障しているんです。合理的に行動している限りは、責任を負わない、不合理な行動をとって損害が生じたなら責任を負う、というわけです。もちろん、この『合理的』かどうかというのは、法律的にみて合理的かどうかを判断するわけですが。」

Xさん:「なるほど。でも、被害者にとってみればやっぱり、加害者に過失があるかどうかは関係ないと思うんですけど・・・」

A先生:「たしかに、被害者にとってみればそうですね。だから、例えば、自動車損害賠償保障法では、人身損害の場合に限ってですが、被害者が、加害者の過失を立証する必要はないようにしてあります。過失を立証する必要がないようにしたのは、被害者の救済という視点を重視したからです。これに対して、人身損害に限定したのは、物損事故も含めすべてを対象とすると、賠償の対象となる物が多くなりすぎて、今度は加害者にとって酷と考えられたからです。」

Xさん:「そうなんですか。でも、人身損害に限ってなんですね。今回の友人の事件は、怪我をしていないので、車の損害だけですから、使えないんですね。」

A先生:「過失責任主義という考え方は、民法のいろいろなところに登場します。それだけ、基本的な考え方だということです。なので、それを修正するには、それだけの理由が必要だということですね。」

弁護士 水野太樹