2 自由診療の治療費について

 交通事故の治療においては、前記のとおり、被害者がその治療費等を考えることがほとんどないため、意識されることもほとんどないかと思いますが、実は交通事故治療は「自由診療」が原則です。
 私たちが通常医療機関を受診する場合には、その医療行為は原則としてすべて厚生労働省により定められた診療報酬点数に置き換えられ、同点数1点当たり10円の計算で診療報酬が導かれます。そして、通常、患者はその診療報酬の3割を自己負担し、健康保険組合が残りの7割を負担します。
 他方、自由診療にはそのような制限はありません。治療費は、医療機関と受診者の間の個別の契約で定まることになります。もっとも、交通事故の治療では、行った治療に相当する診療報酬点数を計上し、これに1点10円以上の価額を乗じて治療費を計上することが多く行われています。
 ところが、このようにして算出された治療費が紛争の対象となることがあります。

3 交通事故の治療費が争われた事例

⑴ 大阪地判平成2年8月6日交民23巻4号955頁

 2台の車両が交差点内で衝突事故を起こし、その衝撃で自転車に乗っていた被害者をはね飛ばしたことにより、被害者が右大腿及び右下腿骨折等の重傷を負った事案です。治療費の総額は、最終的に751万6185円にのぼりました。
 被害者が治療等を受けたのは4つの医療機関と1つの鍼灸整骨院でしたが、このうち一つの医療機関が、自由診療として1点30円の治療費を計上していることが過大であるとして争われました。この点について裁判所は、手術が高度なものであったこと、手術が成功し、後遺障害も軽度にとどまったこと、他院の応援も得たことなどの事情を考慮し、不相当に高額とまではいえないと判断しました。
 他方、別の医療機関が、1点25円又は20円として算出した治療費については、被害者の父である同院の医師が、主治医の指示に関わりなく自発的かつ補助的に行ったものであり、さらに特に緊急性や高度性も認められないものであったことなどを考慮し、1点10円を限度として事故と相当因果関係のある損害と認められると判示されました。また、鍼灸整骨院の施術費については、医療機関での治療と並行して行う必要性も有用性も認められないとして、その全額が相当因果関係なしと判断されました。

⑵ 福岡高判平成8年10月23日高判交民29巻5号1313頁

 原動機付自転車に乗車していた被害者が、普通乗用自動車に衝突され、右脛骨腓骨開放骨折の重傷を負った事案で、被害者は3か月以上の入院を余儀なくされました。
 これに対し、長期入院の必要性、薬剤投与の期間及び量の適否、診断名の妥当性が争われました。
 この点、裁判所は、医師の治療行為については事後的に必要性を一義的に判断すべきではなく、当該診療行為が、当時の医療水準に照らして明らかに不合理なものであって、医師の有する裁量の範囲を超えたものと認められる場合に限り、過剰な診療行為であったと判断すべきであるとの基準を示したうえで、主治医の判断に裁量の逸脱はなかったと判示しました。
 他方、1点20円とされた診療報酬については、自由診療契約における相当な診療報酬額は、健康保険法の報酬体系(1点10円)を一応の基準とし、これに交通事故の特殊性や患者の症状、治療経過など諸般の事情を勘案して決定すべきであるとして、被害者の主張を排斥し、1点15円を相当な損害と認めるべきとの判断が示されました。

4 まとめ

 交通事故の被害に遭い、単に患者として診察、治療を受けていただけであるにもかかわらず、事案によってはこのような治療費を巡る紛争にも巻き込まれることがあります。不幸にもこのような事態に直面された方は、自力で対処することは極めて困難であると考えられます。実際にこのような問題に直面されている方、あるいはそのようなリスクを感じておられる方は、一度ALG&Associatesまでご相談ください。