1.用語

(1) 高次脳機能障害とは、医学的には、「大脳の器質的病変に伴い、失語・失行・失認に代表される比較的局在の明確な大脳の巣症状、注意障害や記憶障害などの欠落症状、感情障害や厳格・妄想などの精神症状、人格変化、判断・問題解決能力の障害、行動以上などを呈する状態像」をいいます。ここで、「器質的」ないし「器質性」とは、症状や疾患が臓器・組織の形態的異常に生じている状態をいいます。

(2) 一方、非器質性精神障害は、交通事故等の外力による器質的損傷が医証上認められないのに、抑うつ、不安等の精神症状を呈したり、歩行障害、視覚障害、感覚障害、健忘等の症状が顕れることいいます。

2.鑑別の必要性、あるいは鑑別を迫られることについて

 後記のとおり、果たして「非器質性」の精神障害など存在するのか、という根本的な疑問はありますが、こと法律上の損害賠償請求に関しては、下記のとおり、高次脳機能障害と非器質性精神障害は鑑別を余儀なくされます。

(1) 後遺障害認定手続

 特に交通事故による損害賠償を請求する事案では、高次脳機能障害と非器質性精神障害は厳密に区別(鑑別)されます。具体的には、自賠責保険に関する高次脳機能障害の後遺障害認定については、損害保険料算出機構において、「自賠責保険(共済)審査会 高次脳機能障害専門部会」が設置されており、同部会で、被害者に残存した「高次脳機能障害」的な症状が、後遺障害等級のつく「高次脳機能障害」に該当するか否か、厳密に審査されます。

(2) 法律上何が異なるか

 高次脳機能障害と非器質性精神障害では、損害賠償請求において、①後遺障害等級、②労働能力喪失期間、③素因減額の点で法律上の結論が大きく異なります。

 すなわち、①高次脳機能障害に認められる後遺障害等級は、1級、2級、3級、5級、7級、9級と高い等級が認められるのに対し、非器質性精神障害は、9級、12級、14級という低い等級が認められるにとどまり、したがって請求可能な後遺障害慰謝料、後遺障害逸失利益の額は非器質性精神障害の方が相当低額なものとなります。

 ②高次脳機能障害は、労働能力喪失期間が一般の後遺障害と同様(就労可能年数だけ後遺障害が残存する。)とされるのに対し、非器質性精神障害は、それをもたらした心理的負荷を取り除き治療すれば寛解するという前提のもと、労働能力喪失期間が10年程度に制限されています。

 ③高次脳機能障害は原則として素因減額されないのに対し、非器質性精神障害は、被害者に「心因反応を引き起こしやすい素因等」があると認められる場合、素因減額がなされることが少なくありません。

 以上の①~③の点から、高次脳機能障害の場合と比べて、非器質性精神障害の場合に認められる損害賠償額は、相当に低額なものとなります。

(3) 現在どのように高次脳機能障害と非器質性精神障害が鑑別されているか

 端的には、①事故直後の意識障害の有無、②脳が器質的損傷を受けたことを示す画像所見の有無、③事故直後からの経過(外傷を受けて数か月した後高次脳機能障害を思わせる症状が生じ増悪した場合は高次脳機能障害と認められません。)など基準により判断されます。

 そして、上記の基準にあてはまらない場合、少なくとも自賠責の認定上は、高次脳機能障害と認められません。訴訟においても、東京高裁平成22年9月9日判決等の極めて例外的な事案を除き、明確な意識障害や画像所見のない事案では、高次脳機能障害と認められることはないといえます。

 そのため、現状、高次脳機能障害と思われる症状があるが、画像所見や意識喪失のない場合、事故前後の被害者の症状の変化をこまやかに立証し、高次脳機能障害と認定されることを目標としつつ、予備的に非器質性精神障害の主張を行わざるを得ません。

3.「非器質性」というマジックワードと現状及び今後の展望

 上記診断基準では、特に画像所見の有無が重視されているようです。ところが、ここで、「非器質性」の障害などあり得るのか、現在の診断技術上、「解像度」の限界で検出できない器質性の障害を含めて十把一絡げに「非器質性」とのマジックワードを冠して取り扱っていないか、という疑問が生じてくるところです。

 この点について、公益社団法人日本リハビリテーション医学会刊『The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 51(10)、 662-672、 2014』において、粳間剛医師らによる『「精神障害(うつ)」と「高次脳機能障害」の脳形態画像・機能画像所見を比較する試み—MRI・SPECTを用いた頭部外傷後の症例における検討—』と題する研究論文が公表されています。
 同論文では、高次脳機能障害と非器質性精神障害につき、

「人為的な単純化であり、医学的な意味で正確に鑑別することはできない。にもかかわらず、高次脳機能障害は「脳の病気」、非器質性精神障害は「こころの病」、のように全く別のものとして一般常識と考えられてしまっているふしさえある。そもそも、「非器質性精神障害」も「脳の病気」であるというのが昨今の生物学的精神医学の前提であり、高次脳機能障害と同様に、神経基盤の機能異常によって引き起こされていることは疑いの余地はない。

とした上で、高次脳機能障害と非器質性精神障害の患者のそれぞれをTc-ECD SPECTとMRI 3D volumetryで撮影し、その結果として、

『うつ病と高次脳機能障害群で共通して、全部帯状回などの内側前方領域に、有意なTc-ECD低集積と灰白質容積減少を認めた』

『頭部外傷後の「器質性精神障害(=高次脳機能障害)」と「非器質性精神障害」のそれぞれを積極的に支持する所見、両群において共通の以上となりうる所見が、ともに得られることが示唆された。特に、形態異常・機能異常の両方を示す領域として、前部帯状回・内側前頭前野が両群に共通して示され、両疾患群が本質的に同様の神経基盤の形態異常・機能異常を背景としてもちうることが分かった。

としています。

 上記論文は、『頭部外傷後の非器質性精神障害と高次脳機能障害においてみられる神経基盤の以上を直接比較した初めての検討』とのことです。今後の研究次第では、医学的のみならず法学的にも、高次脳機能障害と非器質性精神障害とされている疾患が厳密に区別し得ないものと認識され、現在「非器質性精神障害」に過ぎないとされている被害者の方の救済がより厚く行われることが期待されます。法律家としての立場では、診断技術の向上に寄与することはできませんが、研究成果を満遍なくキャッチアップして、立証に活かしていきたいところです。