1 法律上の原則

 預貯金などの金銭債権は、相続開始と同時に当然に分割され、各相続人に法定相続分に応じて帰属します(最高裁判所平成16年4月20日判決)。すなわち、預金債権については、各相続人が遺産分割を待つまでもなく相続分に応じた権利(払戻請求権)を取得することとなります。
 したがって、法律上の理屈から言えば、相続人は単独で自己の相続分について銀行に対して払戻請求ができることになるはずです。

2 銀行実務

 しかしながら、実際の銀行実務では、以上のような判例の立場とは違って、相続人全員の同意書や遺産分割協議書の提出がなければ個々の相続人からの払戻請求には応じていません。大抵の銀行では、口座名義人の死亡を知った時点で、当該口座名義人である被相続人の口座を凍結してしまいますので、その口座凍結の解除を求めるにあたっては、相続人全員が署名押印した遺産分割協議書か、銀行所定の払戻請求書に相続人全員の印鑑証明書を添えて払戻し請求するよう求められています。

 なぜ銀行等の金融機関がこのような運用をしているかというと、二重払いの危険を回避したい、端的に言えば、相続人間のトラブルに巻き込まれたくないということがあるといえます。すなわち、1で述べましたように、たとえ法律上は共同相続人間で当然分割され、各自が自己の法定相続分について単独で請求できるとされていたとしても、金融機関側からすれば、相続人が実際に何人いるのか、遺言はなされているのか等不確定の部分がある以上は、はたして請求者の正しい取り分はいくらなのかが判断つかないので、払い過ぎてしまうことを回避したい狙いがあるのです。

3 まとめ

 このように、銀行実務においては、紛争防止の観点から、法律上の権利の帰属と異なる運用が行われていますので、相続が発生した場合の預金債権の取扱いには十分注意が必要です。

弁護士 森 惇一