現在の日本の相続制度は、遺産の分割方法について、原則として死亡者である被相続人の意思を尊重しつつ、法定相続人の利益を不当に害する場合には、遺留分減殺を認めることで一定程度の修正を図りつつ、遺言内容が明らかに不当である場合には遺言自体を無効等とするという建前になっています。
では、ある人物が、生前不倫関係にあった人物に対して、自らの財産を遺贈する旨遺言を残していた場合、当該遺言は有効といえるのでしょうか。

次のような事例を想定してみましょう。
ある資産家の男性Oは、見合いを契機に知り合ったTと婚姻関係にありました。しかし、OT夫婦の婚姻関係は婚姻後10年程度が経過した時点で破綻しており、両者は離婚こそしないものの、別居することとなりました。当該別居に至った最たる原因が、Oが当時別の女性Fと交際していたことがTに発覚したことにあり、別居に至った直後から、Oは、Fが住むマンションで、Fと事実上の婚姻関係を形成していました。

しかし、OとFとの内縁関係が10年程度継続した頃で、Oが死亡する3年程度前から、Oは、さらに別の女性Mとの交際を開始しました。もっとも、OとMとは年齢が40歳程度離れており、Oは、Mとの週1回ないし2回程度の情交関係を維持するため、Mにマンションの1室を買い与えたうえ、生活費を全面的に援助する等していました。しかし、Oは、Mとの交際を開始してからも、Fとの内縁関係を解消することはなく、Oは、同人が死亡するまでの間、生活の本拠はFとのマンションに置きながら、週に1回ないし2回程度、Mのマンションに宿泊するという生活を続けていました。
このような状況下でOは死亡したのですが、Oの死亡後、Oの幼少期よりの友人である男性Wが、Oが死亡する1ヶ月程前に作成した遺言であるとして、Oの署名押印のある次のような内容を趣旨とする記載のある書面を開示しました。

Oが死亡した場合、Oの遺産は、Tに3分の1、Fに3分の1、Mに3分の1ずつ、それぞれ贈与する。

同書面の作成経緯をOから聞いていたWによれば、Oは、まず、Fへの遺言については、FがOとの交際以後一切働いておらず、生活を維持するためにはOの財産に頼るしか方法はないと考えられるのに、Fとの間には法律上の婚姻関係がないことから、Fに財産を残すためには遺言に頼らざるを得ないと考え、作成したものということです。
一方、Mへの遺言については、Mから、Mとの関係を維持したいのであればMへの遺贈が生じるよう遺言を残すよう言われたので、既にMに対しては多額の財産を贈与していたため、遺贈までするつもりはなかったものの、関係を維持したいがために仕方なく作成したということでした。
なお、Oの財産の3分の1が相続されれば、TやFが従前の生活水準を維持しつつ余生を過ごすには十分な財産的価値があると言えました。

このような中で、Tが、上記遺言のうち、F、Mへの部分については、不倫関係にある者に対して、それを維持するためになされたものであり、公序良俗に反するため無効であると主張した場合、当該主張は認められるでしょうか。

まずMに対する遺言の有効性から検討しましょう。
上記遺言作成の経緯からすれば、OがMに残した遺言は、OM間のいわゆる妾関係を維持するためになされたものであると考えられます。この点、妾関係の形成は、少なくとも現在の日本においては公序良俗に反するものとして禁止されていると考えられ、我が国の裁判例においても、妾関係そのものあるいは妾との情交関係を維持することを目的に行われた遺贈は無効であるとの判断が出されています(大審院昭和18年3月19日判決、東京地裁昭和58年7月20日判決等)。 これらからすれば、上記事例のうち、OがMに残した遺言は無効であると判断される可能性が高いと考えられます。

では、Fに対する遺言についてはどうでしょうか。
この点については紙幅の都合上、また後日のブログに掲載させていただきたいと思います。