1 はじめに
婚姻費用とは、夫婦や未成熟子の生活費などの婚姻生活を維持するために必要な一切の費用をいいます。これは、収入の多い方(義務者)から少ない方(権利者)に対して、両者の収入額を考慮して決定される金額が支払われます。
夫婦が不仲等を理由に別居した場合に、義務者が権利者に対して婚姻費用を支払わないときは、権利者は義務者に対して、調停や審判で婚姻費用を支払うべき請求をすることができます。
調停(裁判所での話し合い)で話し合いがまとまらなかった場合には、審判(裁判官が提出された証拠等に基づき判断する)に移行するのが典型的な流れですが、その際、通常『離婚又は別居状態の解消まで月●●万円支払え』という審判が下されることになります。
2 婚姻費用の支払義務を免れることができるか?
では、このような審判が出た後、「婚姻費用を支払うくらいだったら、同居しよう!」というずる賢い(?)考えを持った人が出てきた場合に、そのような行動が許されるのでしょうか(婚姻費用の支払義務を免れることができるのでしょうか)。
不仲とはいえ夫婦間には同居扶助義務(民法752条)がありますから、同居扶助義務の履行という正義を盾にして、このような行動に出る人(少なくとも、このような考えを思いつく人)は一定数いると思われますが、下記参考裁判例は、結論として「婚姻費用支払義務は消滅しない」と判示しています。
3 名古屋家庭裁判所岡崎支部平成23年10月27日判決
(1)事案は、「離婚又は別居状態の解消まで月●●万円支払え」という審判がなされた後に、原告(義務者)が被告(権利者)の居住する自宅で寝泊まりするようになったことをもって、「別居状態の解消」があったと主張し、執行力の排除を求めたというものです。
(2)上記を前提に、名古屋家裁岡崎支部は、①「別居状態の解消」とは、単に「別々の場所で居住するという状態が解消されることを意味する」としながらも(裁判所は、被告による「別居状態の解消とは、形式的に同じ場所で寝泊まりするようになったということではなく、より実質的に、夫婦の扶助義務が履行される状態になることを意味する」旨の主張を排斥しました。)、②本件の原告は、被告の自宅に寝泊まりすることが、本件審判の「別居状態の解消」という(解除)条件を充足することになることを認識しながら、あえて、婚姻費用の支払義務を免れるために自宅に戻った(同居を開始した)と認められ、これは、条件成就によって利益を受ける原告が故意に条件を成就させたことになるから、民法130条の類推適用(※)によって条件不成就とみなすことができ、結局、原告の婚姻費用支払義務は消滅しない、と判示しました。
(3)なお、「原告は婚姻費用の支払義務を免れるために自宅に戻った(同居を開始した)」との認定・判断に際しては、①原告が被告に対して「婚姻費用を支払えないから自宅に戻った」と述べたこと、②自宅に戻って以降、原告は家事を行っていたが、その様子を写真に残すなど裁判手続のための証拠を保全するかのような不自然な態様だったこと、③原告が被告との間で今後の生活費等について話し合ったことがなかったこと、等の事実が考慮されています。
※民法130条は、「条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる。」(例えば、A社がB社に土地の売却を依頼し、「土地が売れたら報酬100万円支払う」という約束があった状況で、A社がみずから買い手を探し土地を売却してしまった場合には、B社は報酬をA社に請求できます。)と規定しています。
本件は、条件成就によって「利益を受ける当事者」が故意に「条件を成就させた」事例なので、民法130条を「類推適用」し、相手方は「条件が成就しなかったものとみなす」ことができるとしたものです。