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前提として、ペットが逃げてしまったことに対してホテルが責任を取るべき事情がなければいけません。
また、日本の法律では残念ながらペットは「家族」ではなく「物」と考えられているため、財産的な損害ではない慰謝料を請求する場合、請求自体は可能ですが、認められるかどうかはケースバイケースとなります。

1.初めに

 ペットホテルにペットを預ける場合、ペットホテルと利用者との間には民法657条の寄託契約が成立することになります。もしも今回の事例の様にペットホテルからペットが逃げてしまい、飼主の元にペットを返せなくなってしまった場合、飼主はペットホテルに対して民法415条の債務不履行に基づき損害賠償請求をすることができます。では、慰謝料等の損害賠償請求をする場合、どのような問題が生じるでしょうか。

2.ペットホテル側に過失があるか

(1)法律上の原則

 まず、損害賠償が認められるには、大前提としてペットを逃がしてしまったことがペットホテル側の故意又は過失によるものであることが必要になります。故意に(わざと)逃がした場合は当然賠償責任を負いますが、過失が認められるにはペットホテルが負う注意義務に違反したと言える必要があります。
 「寄託」というのは、簡単に言えば「他人に物を一定期間保管してもらう」ということです。
 そして、ペットホテルのように有償でペットを預かる場合は、善良な管理者としての注意義務、すなわちプロの業者として通常求められる程度の注意義務を負うことになるのです。

(2)責任制限特約

 もっとも、これはあくまでも法律上の原則で、ペットホテルにペットを預ける契約の際は、これと異なるルールをホテルと利用者とで決めることができます(契約自由の原則と言います)。
 ここで気を付けなければいけないのが、多くのペットホテルでは責任制限特約といって、「不可抗力による事故、不慮の事故、高齢、持病、特異体質に基づく発病・死亡・怪我・逃亡につきましては一切の責任を負いかねますのでご了承下さい。」、「当店に過失がある場合、金○万円を限度として店舗側がこれを補償いたします。」等の条項が書かれていることが多いです。
 もちろん、あまりにも非常識な特約であれば公序良俗違反(民法90条)で無効にできますが、やはり生き物を普段とは異なる環境で預かる以上、怪我や病気、逃亡等を完全に防止することは如何にペットホテルのスタッフであっても困難なため、上記条項のような、ある程度の責任制限特約は認めざるを得ないでしょう。

 そして、このような特約に同意してペットを預けたのであれば、故意や明らかな過失がペットホテル側にない限りはペットホテル側の責任を問うことは難しくなります。本件のようにペットホテルからペットが逃げ出してしまった場合は、逃亡時の状況や、逃亡防止の措置をどの程度とっていたのか等を総合考慮して過失の有無を判断することになります。

 なお、本件の参考になる裁判例として、福岡地裁平成21年1月22日判決があります。
 同判決では、ペットホテルのスタッフが預かった犬の散歩中にリードが外れて逃げてしまった事案で、飼主が他の犬と一緒にさせないように要望したにも関わらず他の犬と散歩させたことを重視してペットホテルの過失を認めました。この事案からも、事前に伝えた注意事項にペットホテルが違反した場合は、ペットホテル側の過失が認められやすいと言えます。