Ⅰ 事案の概要
本事案は、理学療法士であるXが、自身の勤務先である病院Aの運営会社Yに対して、妊娠中の軽易な業務への転換に際して、当時任ぜられていた副主任の地位から外され、さらに育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかったことが、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」といいます。)9条3項(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)に違反するものとして、管理職手当及び損害賠償の支払いを求めた事案です。
Xは、Aにおいて勤務していたところ、平成19年にYの運営する患者自宅への訪問を要する訪問介護施設に異動し、同施設の副主任(管理職)となりました。
しかし、Xは、平成20年に第2子を妊娠したため、より身体的負担の小さい病院内でのリハビリ業務を担当することを希望し、以前副主任として勤務していたAのリハビリ科に異動することになりました。
その際、Xは、副主任の地位を外れることになり、これを渋々ながらも承諾しました。以降は、別の労働者がAのリハビリ科の副主任に任ぜられました。副主任の地位を外れる際、Xは、Yから、育児休暇から復帰した際に副主任に復帰するかの可否等について説明は受けませんでした。
そして、Xは、育児休暇中にYから職場復帰に関する希望を聴取された際、育児休暇が明けた後も副主任の地位に復帰することはない旨伝えられたため、これに抗議し、本訴訟の提起に踏み切りました。
原審である広島高等裁判所は、YがXに対してとった措置はYの人事配置上の裁量権の範囲内であったとして、均等法9条3項には違反しないと判断しました。
そのため、Xが上告し、本判決に至りました。
Ⅱ 最高裁判所第一小法廷平成26年10月23日判決
本事案は、近年問題化しているマタニティ・ハラスメント(通称マタハラ)のうち、妊娠中の軽易業務への転換を契機とした降格措置について、はじめて最高裁の判断がなされたケースになります。今後は、同種の事案において本判決で示された基準が用いられるものと考えられ、本判決は実務上重要な意義を有する判例であるといえます。
最高裁は、まず、均等法9条3項は強行規定であり、女性労働者につき、妊娠や軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取り扱いをすることは、同項に違反するものとして無効である旨を判示しました。
その上で、
「女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として均等法9条3項の禁止する取扱いにあたる」旨を判示し、ただし、例外として、
(1)「当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度,上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして,当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」又は、
(2)「事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして,上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき」
には均等法9条3項が禁止する取扱いに当たらない旨の規範を提示しました。
当該規範を踏まえ、最高裁は、本事案につき、今回の降格についてXの自由な意思に基づく承諾がされておらず、(1)の要件を満たしていないものと判断しました。
そして、(2)の要件については、満たしていたかどうかが十分に審理されていないとして、破棄差戻判決を言い渡し、本事案は広島高等裁判所にて再審理されることになりました。
Ⅲ 本判決の事実認定から見る実務における留意事項
最高裁は、本事案が(1)の要件を満たしていなかった理由として、まず、
① 軽易業務への転換及び降格によってXが受けた有利な影響は明らかでなかった一方で、Xが受けた不利益は管理職の地位と手当(月額9500円)等を喪失するという重大なものであった
② Xの降格は、副主任への復帰を予定していなかったものであったが、Xは、育児休業時の職場復帰の希望聴取の際、副主任に任ぜられないことを知らされ、Yに対して強く抗議し、訴訟提起に至った
ことから、Xの降格はXの意向に反するものであったと認定しています。
このように、裁判所は、労働者の意向について、降格当時及びその前後の客観的な状況から判断する姿勢を示しました。
次に、最高裁は、本件の降格がXの意向に反するものであったことを前提とした上で、「Xが渋々ながらも副主任を免ぜられることを承諾した」という事実を認定しながら、
① 育児休業終了後の副主任への復帰の可否について、YからXに対して説明がされた形跡はない
② 育児休業終了後の副主任への復帰の可否等につき事前に認識を得る機会 を得られなかった
ことから、Xは、Yから、降格による影響について適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たものではないと認定しました。
以上の点から、最高裁は、客観的に見て、労働者が降格に反対の意向を有している場合には、「自由な意思に基づいて承諾」したか否かを認定するにあたり、労働者が、降格した場合のメリット・デメリット等をしっかりと認識できるだけの説明を受け、これらを十分に理解した上で降格を承諾したか否かという点をその判断要素としているものと考えられます。
このような最高裁の判断基準からすると、妊娠による軽易業務への転換を契機とする降格処分を行うにあたっては、労働者が単に承諾したことをもって足りると考えるべきではなく、当該処分を行うにあたっては、降格のメリット・デメリット、復帰後の処遇その他労働者が降格を受け入れるにあたって気にかけていること等についてしっかりと説明をした上で、本人の十分な理解を前提として承諾を得ることを心がけておかないと、違法な降格処分であると判断される可能性があることを認識する必要があります。
なお、(2)の要件について、最高裁は、副主任の管理職としての職務内容の実質及び同科の組織や業務態勢等が判然としていない以上、降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに業務上の必要性から支障があったか否か等が明らかではないとして、本件を広島高裁に差し戻しました。
この最高裁の判断理由からすると、(2)の要件を充足させるためには、まずは管理職としての職務内容を明確にしておく必要がある点に注意が必要です。そもそも、管理職としての職務内容が明確になっていないと、管理職を降格させることなく軽易作業へ転換することに支障があるか否かを判断することができないからです。
そのため、実務上、女性管理職について、その管理職の職務内容すら明確になっていないにもかかわらず、管理職の降格もなく軽易作業へ転換することには何らかの支障があるといった曖昧、漠然とした理由に基づき、妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させることは(2)の要件を充足せず、原則通り違法、無効となりえますので、注意が必要です。