物流業界ではドライバーの人手不足が深刻な問題となっており、ようやく育て上げた自社のドライバーが競合他社に転職すると、会社にとって大きなダメージとなり得ます。では、競合他社への人「財」の流出を防止するために、たとえば競合他社へ転職するドライバーに対して退職金を不支給とする旨の規程を置くことはできるでしょうか。
退職後に競合他社に転職した場合に退職金支給額を自己都合退職の場合の「半額」とする旨の退職金規程について、最高裁は、会社が退職金規程において、競業避止義務に反した退職社員の退職金を一般の自己都合による場合の半額と定めることも、退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、合理性のない措置であるとすることはできない旨を述べて、その有効性を認めています(最二小昭和52年8月9日判決)。
もっとも、裁判所は退職金の減額・不支給規程を無限定に容認しているわけではなく、当該退職金制度の性格や、減額・不支給の理由など諸般の事情を斟酌したうえで、個別の事案ごとに判断しているのが現状です。たとえば、退職金「全額」不支給処分が争われた名古屋高裁平成2年8月31日判決は、退職金が労働の対償である賃金の性質を有することや、退職金の減額にとどまらず全額の不支給という、退職従業員の職業選択の自由に重大な制限を加える結果となる極めて厳しいものであることを考慮すると、退職金を支給しないことが許容されるのは、単に競業関係に立つ業務に携わったというだけでは足りず、退職従業員に、労働の対償を失わせることが相当であるほどの顕著な背信性がある場合に限られる旨を述べています。そして、背信性の判断にあたっては、会社にとっての不支給条項の必要性、従業員の退職に至る経緯、退職の目的、競業する業務に従事したことによって会社の被った損害などの諸般の事情を総合的に考慮すべきことを示しています。
この裁判例に沿って考えてみますと、ドライバーは営業機密等を有する等重要なポジションではないため、ドライバーが一人退職したところで運送会社が重大な損害を被る事態は考えにくく、会社にとっての不支給条項の必要性は大きくないと考えられます。他方で、ドライバーが退職後の生計を立てるにはこれまで培ってきたノウハウを活かしてドライバーとして再就職することが重要といえます。したがって、単に競合他社に就職したことのみをもって、退職金を全額不支給とすることは困難と考えられます。
これに対して、部下を大量に引き連れて退職し、新たに競業会社を設立し、取引先の多くを奪ったなどという事情がある場合においては、労働の対償を失わせることが相当であるほどの顕著な背信性があるといえるため、退職金規程により退職金を不支給とすることや場合によっては損害賠償責任を追及することも認められると考えられます。
退職金規程を運用する際は、一律に運用するのではなく、個々のケースごとに検討して運用する必要性がありますのでご注意ください。