近時、企業として即戦力とはならない若手を育てて将来に備えるよりも、即戦力となりやすい高齢の人員を中途採用するという企業も増えてきております。高齢の人員を新規に雇用する場合、同人を、年金等の関係からパートタイマー等として他の従業員より賃金を低く設定し、あるいは退職金の支払いを回避できる等と考え採用する場合もあると思われます。しかし、従業員間で労働条件の差異を設ける場合、雇用主としての準備を怠ると、思わぬ損失を被ることになりかねません。
この点、Y社における定年を超えた60歳の時点でY社に中途採用されたXが、7年間勤続した後に退職したところ、Y社に退職金54万7992円の支払義務があることを認めた裁判例があります(大阪高裁平成9年10月30日判決)。
本事案において、Y社では、新規にY社の定年を超えた年齢の従業者を雇用する際は「高齢者」として雇用契約を締結し、同人の年金受給の障害とならないよう、賃金や各種手当を低額にし、勤務日数を少なくする等、正社員とは異なる条件下で勤務させていた他、「高齢者」には退職金を支給しないという慣行も形成されており、採用時にすでに年金受給者であったXも、上記の「高齢者」としての賃金・手当の金額や勤務日数等に合意して勤務をしていました。ただし、Y社にはそのような「高齢者」用の労働条件を明文化した就業規則は存在せず、「高齢者中途採用は、別途定めるものとする」という規定においてのみ、「高齢者」という呼称が用いられていました。
このような前提の下で上記の退職金の支払義務が認められたのは、Y社に「高齢者」用の就業規則が存在せず、既存の就業規則の中にも「高齢者」を同規則の適用から除外すること等を定めた規定が存在しないという状況で、正社員用に定めた就業規則のうち、賃金の後払い的性格を有する退職金に関する規定については、正社員より低額ながらも賃金を得ているXにも適用されると判断されたことが理由となります。一方で、賃金・手当の金額や勤務日数等という条件については、Xによる年金受給要件に有用なものでXにとって有利となるため、就業規則の適用はないとされました。
このように、雇用主と従業員の認識にかかわらず、雇用主に「高齢者」を別異に取り扱う内容の就業規則が存在しなければ、他の従業員と同条件で雇用されているものと判断される可能性があります。高齢の人員を一定の条件下でのみ採用しようと考えている企業は、今一度、他の従業員と異なる条件とすることができる就業規則であるのか、確認されることをお勧めいたします。