Ⅰ 事案の概要
Xは、Y社に登録型派遣添乗員として雇用され、主催旅行会社であるA社に添乗員として派遣され、A社が主催する海外への募集型企画旅行の添乗業務(以下「本件添乗業務」といいます。)に従事していました。募集型企画旅行は、主催旅行会社(本件では、A社)が企画・宣伝等を行い、参加者が集まり、ツアーの催行が決定すると、ランドオペレーター(手配会社)に対して、現地手配を依頼し、ランドオペレーターが、ホテル、バス等の手配状況や予定時間等が記載されたアイテナリー(行程表)を作成し、現地手配を行うというものでした。Xは、このアイテナリーに沿って、添乗業務を行う必要があり、ツアー中は貸与された携帯電話の電源を常に入れておくようにA社から指示を受けており、ツアー終了後には、ツアー内容につき詳細に記載した添乗日報やツアー参加者に配布・回収したアンケートをA社に提出することとなっていました。また、ツアーの旅行日程について、変更補償金の支払など契約上の問題が生じうる変更や、クレームの対象となるおそれのある変更を行うような場合には、A社の担当者に報告し、指示を受けることが求められていました。
Xは、本件添乗業務につき、未払いの時間外割増賃金等があるとして、Y社に対し、その支払を求めたところ、第一審は、本件添乗業務には事業場外労働のみなし制の適用があるとしたうえで、未払時間外割増賃金の一部を認容しました(東京地判平成22年7月2日)。そこで、X及びY社がそれぞれ敗訴部分を不服として控訴したところ、第二審は、本件添乗業務には事業場外労働のみなし制の適用がないとして、第一審を変更して、請求を増額認定したため(東京高判平成24年3月7日)、Y社がこれを不服として上告しました。
本件の争点は、本件添乗業務につき、労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」にあたるかどうかです。
Ⅱ 最高裁平成26年1月24日判決
最高裁は次のように述べ、本件添乗業務につき、労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」にあたるとはいえないとして、事業場外労働のみなし制の適用を否定しました(確定)。
まず、本件添乗業務の性質や内容について、A社とツアー参加者との間の契約内容において、ツアーの日時や目的地等を明らかにして、ツアーの旅行日程が定められていたところ、Xは、その旅行日程につき、変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更等が起こらないように旅程の管理等を行うことが求められていることから、本件添乗業務は、業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものと判示しました。
そして、A社による具体的な指揮監督について、①ツアーの開始前には、A社は、添乗員に対し、A社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地等を示すとともに、添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し、これらに従った業務を行うことを命じていること、②ツアーの実施中においても、A社は、Xに対し、携帯電話を所持して常時電源を入れておき、ツアー参加者との間で契約上の問題等が生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には、A社に報告して指示を受けることを求めていること、③ツアーの終了後においては、A社は、Xに対し、旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって、業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めているところ、その報告の内容については、ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問い合わせをすることができるものになっていることなどから、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認めがたく、労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」にあたるとはいえないものと結論づけています。
Ⅲ 本判決からみる実務における留意事項
本判決は、海外旅行の添乗員について、いわゆる事業場外労働のみなし制の適用を否定したものです。
事業場外労働のみなし制については、単に労働者が事業場外において業務に従事しているだけではなく、「労働時間が算定し難いこと」が必要とされています。本判決は、本件添乗業務が「労働時間が算定し難いこと」に該当するかという点について、本件添乗業務は、業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員の裁量が小さいことを認定した上で、裁量による変更可能性がほとんどない最終日程表が確定しており、業務遂行中でも携帯電話において適宜指示命令することが可能で、さらに、最終日程表に基づき行った添乗業務について添乗日報により詳細かつ正確に報告されるという状況が存在することから、Xに対し、A社による具体的な指揮監督が及んでおり、Xの労働時間を把握することが可能であるとして、事業場外労働のみなし制の適用を否定したものであると考えられます。
本判決は、旅行添乗員についての事例判決ではありますが、旅行添乗員はもちろん、事業場外で活動することが多い営業職の従業員に対して事業場外労働のみなし制を採用している企業にとっても、極めて大きな影響を及ぼすことが懸念されます。たとえば、営業職の従業員について、
① インターネット上のスケジュール管理システムによって従業員の業務管理を行い、従業員はそれに従い業務を遂行する必要があり、裁量がほとんどない、
② 営業中も業務用携帯によって常に連絡可能な状況にあり、必要に応じて会社の指示を受ける、
③ 営業の結果について、報告書等によって会社に報告を行う必要がある、
といった業務管理を行っている企業は、多数あるものと思われます。本判決における判断要素を踏まえると、このような場合、営業職の従業員に対して、具体的な指揮命令が及んでおり、労働時間の把握が可能であるとして、事業場外労働のみなし制の適用を否定される可能性があります。
営業職の従業員に対して事業場外労働のみなし制を採用している企業においては、従業員に対して具体的な指揮命令関係が及んでいると判断されるおそれがないか、労働時間の把握が困難と言い得る労働環境かどうかといった点について再確認してみることをお勧めします。万が一、事業場外で働いているとはいえ、従業員の業務があらかじめ定まっており、裁量もほとんどない場合や、詳細かつ正確な報告から労働時間の把握が十分可能であるといった場合には、営業職の労働時間管理について抜本的な見直しが必要となる可能性もありますので、リスク管理として、弁護士等の専門家へのご相談を検討されるとよいでしょう。
なお、旅行添乗員については、本判決(第2事件)以外にも、第1事件、第3事件が訴訟となっており(いずれも、東京高裁で事業場外労働のみなし制の適用が否定されています。)、これらの事件に対する最高裁の判断にも注目する必要があるでしょう。