皆様こんにちは。 

 安全配慮義務については、当ブログでも何回か取り上げられていますが、今回は、過労自殺に関する初の最高裁判決である最判平成12年3月24日を見てみたいと思います。本判決は、過労自殺のようなケースにおいて、使用者が労働者の心身の安全に関してどのような義務を負っているか、自殺者の心因的要因が損害賠償額の減額理由となるか等につき重要な判断を示しています。

 事案は、以下のようなものです。

 Aは、平成2年4月1日、Y社に入社後、長時間労働を続けるうち、うつ病にり患し、異常な言動をするようになりました。上司らは、Aの健康状態やうつ病によるとみられる異常言動にも気づいていましたが、Aが休息できるような措置を何ら採りませんでした。そして、平成3年8月、Aは自宅で自殺するに至りました。

 Aの両親であるXらは、Aが異常な長時間労働によりうつ病にり患し、その結果、自殺に追いやられたとして、Yに対し、民法415条または709条に基づき、約2億2000万円の損害賠償を請求しました。

 最高裁は、まず、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとしたうえで、「Aの業務遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、Aの上司であるB及びCには、Aが恒常的に著しく長時間にわたる業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、Yの民法715条に基づく損害賠償責任を肯定した」原審の判断は正当であるとしました。

 次に、Aの性格等を理由とする減額について、「ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想」すべきであるとしたうえで、「労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできない。」とし、Aの性格という心因的要因に基づく過失相殺(民法722条2項類推適用)を否定しました。

 労働者の業務と関連した自殺については、労働者の性格等の心因的要素(脆弱性)が寄与している場合には、責任の軽減が認められる場合もあります。たとえば、課長昇進の内示を受けた労働者が悩んでうつ状態になり、ついには自殺に至ったケースでは、使用者として従業員の精神面での健康状態に十分配慮し適切な措置を講じるべき義務に違反したとしつつ、本人の性格・心因的要素の寄与や会社への情報提供の不足を考慮し、民法722条2項の類推適用によって、損害額から8割を減じています(東京高判平成14年7月23日)

 本件では、使用者側の業務管理上の配慮における落ち度の比重が高い点も、民法722条2項を類推適用しての責任軽減が否定される要因になっていると思われます。
 また、本件では、Aの性格が労働者の個性として通常想定される範囲を超えないことに加えて、使用者が労働者の性格を考慮して配置等をなしうることも理由とされています。

 使用者としては、安全(健康)配慮義務違反の否定のみならず、過失相殺による責任軽減のためにも、一定程度労働者の性格等の心因的要素をも考慮した配置等業務管理上の適切な配慮をしておくことがリスク回避として重要と考えらえます。

弁護士 髙井健一