株式譲渡によるM&Aを進めていく際に締結される契約書としては、大きく分けて①基本合意書及び②株式譲渡契約書があります。②の株式譲渡契約書はM&Aが実行されることが合意された場合、最後に締結される契約書になりますが、①の基本合意書はM&Aを進めていく最中に締結される契約書となります。

 基本合意書については、上場会社が当事者となっている場合、基本合意書の締結が金融商品取引所規則に基づく適時開示義務の対象にならないかを検討しておく必要があるので注意が必要です。基本合意書の内容(買収株式数及び買収金額等の取引内容)並びに法的拘束力の有無によって、上場会社の運営に関する重要な決定事実と解釈され、適時開示義務の対象となる可能性があります。

 具体的には、基本合意書において、買収株式数及び買収金額等の取引内容について規定し、当該規定について法的拘束力がある場合には、原則として開示が必要になると考えられます。そのため、会社の財務や法務の詳細を調査する財務DDや法務DDを実施する前の段階で買収が実行されるか否か不明な段階では、買い手側としてこのような開示は避けたいという実務上のニーズがあります。

 一方、売り手側(売り手側のアドバイザリー会社)の立場としては、どの程度以上の金額で買収を予定しているのかを早めに確定しておきたいというニーズがあります。そのため、一定金額以上の買収金額で法的拘束力をもたせた基本合意書を締結すべきとして、強く交渉がなされる場合があります。

 このような場合、買い手側としては困難な立場に立たされるのですが、そもそも基本合意書締結の段階で取引内容を開示することは、売り手側も望まない場合がほとんどだと思いますし、そもそも売り手側に、売り手側が要求する基本合意書の内容が適時開示義務の対象になるという認識がない場合もあります。

 そこで、このような売り手側の交渉に対しては、まずは、取引内容について法的拘束力がある基本合意書を締結することは適時開示義務の対象となる可能性があることを伝える必要があります。それでも、取引内容を基本合意書に規定することを譲らないような場合は、取引内容については法的拘束力がない旨を明示し、取引実行がなされるか否かは、あくまで財務DDや法務DDがなされた後に判断される旨を規定するという対応が考えられます。

 このように上場会社が当事者となる場合、基本合意書の締結内容が適時開示義務に基づく開示に影響を及ぼしますので、注意が必要です。