Ⅰ. みなし残業代について

 企業の制度として俗に「みなし残業代」と呼ばれるものが規定されている場合がありますが、みなし残業代とは法的には、賃金や手当等として支払われるものであって、就業規則等により当該金員の支払が一定時間までの残業代に充てられているもののことを示します。みなし残業代において、特に重要な点は、一定時間までの残業代に該当するものであるという点であり、時間外労働が何時間発生したとしてもみなし残業代以外に残業代を支払わない、といった制度ではないということです。

 また、従来から支給されていた固定給を基本給と営業手当等に分け、名目だけのみなし残業代を支給している場合や、みなし残業代を支払う代わりに基本給を減額するなどといった場合には、みなし残業代の実質を伴わないものとして、みなし残業代規定は無効とされる場合や未払残業代及び付加金の支払義務を負う可能性がある等、みなし残業代は、運用に当たっては十分に注意しなければならない制度です。

 そうすると、社内においてどのような規定・運用をしていれば、みなし残業代として有効と考えられるのでしょうか。

 この点についてはいくつか裁判例がありますが、今回ご紹介する裁判例は明確な基準に基づいて判断している点で注目すべきものです。

Ⅱ. 東京地裁 平成25年2月28日判決

 本件は、Y社の給与規定において、精勤手当として「会社は営業社員について本規程……の超過勤務手当に代えて、精勤手当を定額で支給する。なお、超過勤務手当を超える場合には、その差額を支給するものとする」とされているところ、年俸制の非営業職の従業員Xが当該規定の無効を争った事案です。

 判決においては、上記規定は営業職のものであることを理由にXとの間にみなし残業代の合意はないとしながら、仮に合意があったとしても、本規定は無効であるとしました。

 まず、定額残業代については、Y会社の「基本的な賃金構成そのものを修正するものであるうえ、これを安易に容認するならば、割増賃金制度によって時間外労働等を抑制しようとする労基法の趣旨が没却される結果となりかねない」と述べ、定額残業代規定の有効性の基準としては、以下の3点を挙げました。

① 当該手当が実質的に時間外労働の対価としての性格を有していること(時間外労働に従事した従業員だけを対象に支給され、時間外労働の対価以外に合理的な支給根拠(支給の趣旨・目的)を見出すことができないことが必要)

② 定額残業代として労基法所定の額が支払われているか否かを判定することができるよう、その約定(合意)の中に明確な指標が存在していること

③ 当該定額(固定額)が労基法所定の額を下回るときは、その差額を当該賃金の支払時期に精算するという合意が存在するか、あるいは少なくとも、そうした取扱いが確立していること

 そして、本件では、上記3点に関して、以下のように述べ、本規定を無効としました。

① 「支給額がXの年齢、勤続年数、Y社の業績等により……数回にわたって変動していること」から、「時間外労働の対価としての性質以外のものが含まれている」こと

② 「1年間に数回も変動しており、その幅も決して小さくなく固定制(定額制)に疑問があるばかりか、その合意中に当該支給額が何時間分の時間外労働に相当するものであるかを明確にする指標を見出すことはできない」こと
 給与規定と題する書面には精勤手当がみなし残業代である旨の算定基準があるが、「給与の算定等における内部的な資料にすぎず、本件給与規定の一部を構成するものではなく、しかも従業員に対しても閲覧等をさせていなかった」こと

③ 「Y社の当初からの指示により当初から「出社時刻」の入力記録しか残されておらず、これでは上記労基法所定の割増賃金との適正な差額清算など行いようもないことは明らかであ」ること

Ⅲ. 本判決から見る実務における留意事項

 本判決では、みなし残業代規定の有効性について、上記①から③までの基準に基づいて判断していることから、みなし残業代規定を運用するにあたっては、上記3点に留意しなくてはなりません。

 基本的には、労基法上の時間外労働の割増賃金規定(労基法37条)の潜脱とならないよう、当該金員以上の金額がみなし残業代として支払われているか否か明確に区別できることを要すると考えられます。

 具体的には、本判決の基準に従えば、まず、①名目は別として、残業代の一部として予め一定の金員を支払うみなし残業代であることを就業規則等により明示し、かつ、みなし残業代であること以外の趣旨で支給するものではないことを規定しなくてはなりません。

 また、②明確な基準として、みなし残業代が支給される従業員の賃金自体の基準を明確にしたうえで、従業員の基本給等の賃金額を確定し、さらにみなし残業代の算定基準等や残業代の内、何時間相当分であるのかも明示することが必要と考えられます。

 そして、③みなし残業代相当分以上に残業をした場合の差額精算に関しても、清算を行う旨明示した上で周知徹底することにより、みなし残業代規定を有効に運用できるものと思われます。

 加えて、従来の賃金体系から大幅な減額をしてみなし残業代を確保するといった従業員にとって不利益な制度変更となることのないよう、注意しなくてはなりません。