1. 従業員退職金

 最近は退職金を出さない会社というのもみられるようになってきましたが、一定規模以上の会社に勤めれば、従業員は、多少なりとも退職金に期待を寄せているのが普通でしょう。

 とすれば、退職金を出すにせよ出さないにせよ、退職金の性質を把握し、その取扱いを誤らないよう、正確な知識を持っておくことは重要となります。

 そもそも退職金とは、もっと丁寧な表現を使えば、「退職慰労金」と呼ばれるものです。ここからわかるように、退職慰労金には、退職に伴い、それまで継続的に労働した対償の後払いを受ける「退職」金的側面と、それまでの特別功労に対する報奨という恩恵を受ける「慰労」金的側面があります。かかる二つの側面があるということは、あらゆる場面で影響を及ぼすため、しっかりと頭に入れておいてください。

 まず、平社員等に対する退職金規定で多くみられるのは、毎月の給料から一定額を退職金引当金として積み立てる形をとり、その積立総額を退職金額とするやり方です。積立金月額が仮に1万円とすれば、30年勤続の場合、1万円×12か月×30年=360万円となるわけです。実際には、この積立金月額は、賃金の上昇や勤続年数の経過に伴って1万5000円、2万円、2万5000円と比例するように増額させるため、退職金額ももっと高額となります。この場合の退職金は、まさに単純に労働対償の後払いを受けているにすぎません。

 次に、就業規則には、懲戒解雇の場合、退職金を支給しないと定められることがよくあります。こういった不支給条項を判例は有効とします。かかる場合、退職金がいかに賃金後払い的性格を有するとしても、労働基準法24条1項本文(賃金全額払いの原則)に反しないとしたわけです。この場合の退職金は、懲戒解雇に値する従業員に恩恵を与える必要はないという慰労金的側面が強く出ています。

2. 役員退職金

 取締役等の役員の退職金に関しては、会社ごとに様々な基準を設けているようですが、オーソドックスな算定式は、最終報酬月額×在任年数×功績率といった形をとるものです。例えば、10年在任した役員が月収150万円で退任した場合、功績率が3とすると、4500万円の退職金を受けることになります。

 では、それまでかなり会社に貢献していた役員が役員間の内紛に巻き込まれて、退職することになり、敵対役員で構成された取締役会で退職金を支給しない決定をしたような場合、どうなるでしょうか。

 まず、役員の退職金は、「報酬」(会社法361条1項)にあたるため、原則として定款の定め又は株主総会決議がなければ発生しません。

 もちろん、役員の場合も、退職金は報酬の後払い的性格がある以上、抽象的請求権としては存在しています。しかし、総会決議等がなければ具体的に裁判上請求できる権利とならないというのが判例の考え方です。したがって、不支給とされた退任役員がいきなり、内紛がなければもらえたはずの退職金を請求する訴訟を提起しても、認められる余地はないのです。

 次に、そもそも本来、株主総会で定めるべき退職金を取締役会で定めている点についてですが、判例は、退職金の額の決定について取締役会の従うべき一定の基準が存在すればこれを認めています。とすると、一応の算定方式の基準があった場合、退任役員は泣き寝入りするしかないのでしょうか。

 それでは、退職金についての不当な取扱いを野放しにすることになります。そこで、各役員は、退職金算定基準が存在する場合、これに基づいて退任役員の退職金を決定する職務を遂行せねばならず、それを無視した決定をすることは、役員の善管注意義務、忠実義務に違反するものとして、退任役員に対する損害賠償責任(会社法429条1項)を負うと考えられています。

3. 従業員兼務役員退職金

 最後に、役員のうち部長、課長、その他従業員としての地位も併有する者の退職金について考えてみましょう。

 この場合、理屈から言えば、上記1と2の合体なので、従業員としての退職金と役員としての退職金をそれぞれ別個に決めて、両者の合計額とすれば足りるようにも思えます。しかし、そうすると、場合によっては、役員が株主総会の決議等で否決されないように、役員としての退職金を少額に抑えた上で、従業員としての退職金を高額にすれば、容易に会社法361条の規制を免れうることになりかねません。そこで、こういった事態を防止するため、株主総会等で役員退職金を決定する際に、従業員としての退職金を別に支給する旨を明らかにすることを要し、かつ従業員として受ける退職金等の体系が明確に確立されていて初めて、両地位についての退職金の受領を許すという扱いをしているのです。

 なお、ときおり、小規模会社で、代表取締役が自ら退職する際、勝手に高額の退職金を受け取り、後に株主総会を経ていないことを指摘されても、使用人兼務役員として使用人分の退職金は、総会決議などいらないと言い逃れしようとする事案を見かけます。しかし、使用人兼務役員とは、役員のうち、事業部長、本部長、部長、課長その他会社の使用人としての職制上の地位を有する者でなければならず、専ら会社の経営に携わる立場でしかない社長、副社長、専務、常務などは使用人兼務役員とはなりえないことには注意が必要です。したがって、上記のような言い訳は通らないのです。