1.はじめに

 みなさん、パンデミックという言葉を耳にしたことがあるでしょうか。パンデミックとは、感染症・伝染病が複数の国や地域に亘って流行し、多数の患者が発生する現象をいいます。毎年流行する季節性インフルエンザもパンデミックの一種です。感染症、伝染病が流行したパンデミック期に、会社としてはどのような対処をしたらよいのか、起こりうる問題等を挙げながら、法的に検討してみようと思います。

2.パンデミック期に事業所を閉鎖した場合に生じる問題

(1) 閉鎖期間中の給与

 まず、閉鎖期間における従業員の給与の扱いについてですが、労働基準法26条は、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、休業期間中、労働者に平均賃金の60%以上の手当を支払わなければならない」旨定めています。

 そして、判例は、上記使用者の帰責事由に関し、民法における解釈(同法536条2項)よりも広く捉えるべきとの方向性を示しました(最判昭和62年7月17日)。労働者の生活の保障という観点からは平均賃金の60%の限度で休業手当を支払わせるのが相当と認められる場合には、労基法上の「使用者の責に帰すべき事由」にあたると解釈される可能性を示唆したのです。とすると、新型インフルエンザ対策として、国、地方公共団体等公的機関からの要請があったような場合は無給でも問題はないでしょうが、会社の自主的判断で、事業所を閉鎖したような場合には、平均賃金の60%の休業手当を支払わなければならなくなるかもしれません。会社に責任はないとして、一切賃金を支払わなかった場合、健康管理に自信があるのに、強制的に休まされて無給とされることに不満を持った労働者から、休業手当の支払請求をされるとこれを否定するのはそう簡単ではないのです。

(2) 閉鎖期間中の年休取得

 次に、上述した休業手当が賃金の60%にとどまることから、賃金の100%をもらうために、労働者が年次有給休暇(年休)の取得を申請してくることが考えられます。

 年休とは、労働日に賃金の減収を伴うことなく労働義務の免除を受けられる制度です。それゆえ、休日その他労働義務が課されていない日については、年休権を行使する余地がありません。したがって、パンデミック期に事業所を閉鎖した場合、それにより、事業所の全労働者の労働義務が消失しているのであるから、その日は労働義務のない日ということになり、労働者は年休権を行使しえないのが原則です。ただし、使用者が事業所閉鎖を決定する前に、年休申請がなされている場合はどうでしょう。この場合の取り扱いについては、「当日がこのような休業になることを予知しないときに休暇を請求したときは、当該労働者においてその日が年休による休業と観念され、これが無効となることはない」(労働省労働基準局編著「労働基準法」上巻)とされています。

 つまり、事業所閉鎖よりも先に年休申請をした労働者との関係では、未だ労働義務が課された日として扱わねばならず、事業所閉鎖を理由に年休権行使を拒否できないということになります。たしかに、使用者は年休申請に対し、時季変更権を持っていますが、「事業の正常な運営を妨げる場合」(労基法39条4項但書)にあたるか否かは、厳格に判断される傾向があます。したがって、後でパンデミック期による一斉休業にしたからという理由では、先に申請していた労働者に限って年休申請を認めることが、「事業の正常な運営を妨げる場合」にあたると判断される可能性は低いでしょう。

3.パンデミック期に事業を継続した場合に生じる問題

(1) 新たに罹患※した従業員に対する損害賠償義務

 パンデミック期に事業を継続し、従業員が新型インフルエンザ等に罹患してしまったような場合、会社が責任を問われることはあるのでしょうか。雇用契約そのものの債務は、労働者が労務を提供し、使用者が賃金を支払うことです(民法623条)。しかし、使用者が負う債務はそれに尽きるものではなく、雇用契約に付随する義務として、労働者を自己の支配領域下で労働させる以上、労働者が労務を提供するにあたり、健康を維持し、その生命、身体に危険が及ばないように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うとされています。したがって、かかる安全配慮義務違反の場合も、使用者は債務不履行として損害賠償義務を負います。ただし、使用者に債務不履行責任を負わせるためには、民法の過失責任の原則から、その不履行に関し、使用者に帰責事由がなければなりません(民法415条)。

 この点、国、地方公共団体等から事業所閉鎖の要請、勧告等がなされていたのに、これに従わずに上記結果を生じさせてしまった場合には、安全配慮義務違反として損害賠償義務を負うこととなるでしょう。他方、そのような勧告等がないまま、事業を継続して、罹患者を生じさせた場合は損害賠償義務を負うことはないと考えます。インフルエンザといえども、労働者個人個人が自己の健康管理によって相当程度、感染を防止しうるものであるから、事業所閉鎖の行政指導等もないのに単に事業所に罹患者が生じたことをもって使用者の帰責事由を認定するのは困難だからです。

(2) パンデミック期における残業

 パンデミック期に大量の感染者が出て、その影響から出勤している従業員に法定労働時間を超えて労働させたい場合、会社の対応として注意すべき点を挙げておきます。

 まず、法定労働時間を超えて労働させうる労使協定(三六協定)を結んで届出をしている場合(労基法36条1項)、パンデミック期の時間外労働に関して、特別な措置は必要ありません。ただ、その場合でも無制限に時間外労働が許容されるわけではなく、厚生労働大臣により、労働時間の延長に関する限度基準が定められています(労基法36条2項ないし4項)。もっとも、特別の事情が生じたときに限り、限度時間を超えて延長する労働時間を定める協定(特別条項付協定)を定めることも認められています。これは上記のような臨時の場合を想定したものであり、特別条項付協定を結んでおくことで、不測の事態に、応急の処置をとることが可能となります。次に、三六協定を締結しておらず、時間外労働が許容されていない会社であった場合は、どのようにすべきでしょう。

 そのときは、「災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合」(労基法33条1項)にあたるものとして、その事由に関し、行政官庁の許可を得た上で、時間外労働をさせることができます。なお、許可を受けている暇がなければ、事後の届出であっても許されています。ただ、事後の届出で、上記事由がなかったと判断されれば、労基法違反に問われる恐れがあるため、極力、事前の許可を受けた方がよいと思います。

※ 罹患(りかん)とは…病気に罹(かか)ること