無断欠勤中に過度のアルコールを摂取して死亡したことが業務上起因する精神疾患によるものとして会社に損害賠償責任が認められた事例
~東京高裁 平成24年3月22日判決~
(ニューズレターVol.12掲載)

Ⅰ.事案の概要

 X(当時25歳)は、Y社にシステムエンジニア(以下、「SE」といいます。)として入社後、携帯電話端末の組み込みソフト開発チームへと配置転換され、主に「調査検討業務」に従事していました。配置転換後の作業は知識や技術の習得に多大な労力が必要であるとともに、業務内容も増大したこと等から、Xは長時間労働を余儀なくされていました。

 そのような中で、Xは結果を出せずにいたところ、上司から難易度の低い「単体試験業務」のみを行うよう命じられました。

 しばらくして、Xは会社に行くといって家を出た後、突然会社を無断欠席し、川沿いのベンチで500mlの缶ビールと720mlのウイスキーボトルをラッパ飲みするという飲酒行為に及び、急性アルコール中毒から心停止を生じて死亡しました。

Ⅱ.裁判所の判断

 裁判所は上記事実に基づいて、以下のように判断し、Xの過失を3割として、Yに約4380万円の損害賠償責任を負わせました。なお、第1審においては、Xの過失を2割として、Yに約5960万円の損害賠償責任を負わせていました。

(1) 因果関係について

 まず、Xの業務上のストレスについて、①配置転換によるストレスとして、業務内容の差異やXのブログの記載内容から、「配置転換に伴う業務内容の変化により相当の心理的負荷があったものと推認される」としています。

 また、②単体試験業務を専任するよう命じられたことについても、能力不足という烙印を押されたことや、単体試験業務のみを行うように命じた際の上司の言動の強さから、ストレスの原因となったとしています。

 さらに、死亡前2か月の時間外労働がいずれも100時間を超えていたとして、長時間労働という量的側面からも相当のストレスがあったと認定しています。

 Xの死亡と業務との間の因果関係につき、Xの突然の行動は、正常な判断能力のある状況下で行われたとは理解し難いとし、Xの行動は精神障害に罹患した影響という医師の判断を尊重したうえで、

「Xは、業務に起因する心理的負荷等が過度に蓄積したため、うつ病及び解離性遁走を発症し、その結果過度の飲酒行為に及びこれが原因で死亡したと認められ、YにおけるXの業務と同人の死亡との間には相当因果関係が認められる。」

としました。

 さらに、会社の責任について、使用者及び上司らには安全配慮義務があるとしたうえで、上司らが、Xの状況を認識しながら特段サポート等をしなかったことから、Xの死亡は会社に責任があるとしています。

(2) 過失相殺について

 会社の責任は認めながらも、本判決はXにも損害を拡大した過失があるとして、3割の過失相殺を認めました。Xは長時間労働後にできるだけ睡眠不足を解消するよう努めるべきであったにもかかわらず、帰宅後、ブログやゲーム等に時間を割き、精神障害の要因となる睡眠不足を増長させたとして、過失を認めたものです。また、第1審で指摘されているとおり、Xが週に1度は上司と面談しており、希望すれば産業医とも面談できたのにしなかった点についてもXの過失としています。

Ⅲ.長時間労働の危険性

 会社としては、従業員が会社を無断欠勤した上で河川敷のベンチで飲酒行為に及び、急性アルコール中毒から心停止を生じて死亡するといったことまで責任を負う必要があるのかという疑問が生じるかもしれません。

 しかし、本判決からすると、会社としては、従業員の精神疾患に業務起因性が認められる場合には、その精神疾患から起こりうる死亡の結果についても会社側が責任を負う可能性があることを認識しておく必要があります。

 本判決においては、いくつか着目すべきポイントがあるのですが、やはり重要なポイントは長時間労働の実態だと思います。時間外労働については、従来から厚生労働省による精神障害や脳血管疾患等の労災認定基準の通達において、月100時間を超える時間外労働については業務と疾患との関係性が肯定される方向性の要因として指摘されてきました。

 このような中、本判決においても、以上のような厚生労働省による通達を参照した上で、長時間労働と精神障害との一般的関連性を認め、本件では本件死亡前2か月間においていずれも原告の時間外労働は月100時間を超えている旨を指摘した上、本件原告の死亡と会社の責任との間の因果関係を肯定しています。

 従業員のメンタルヘルスの対応が着目されている昨今ですが、本判決を契機に、月100時間を超える時間外労働は従業員のメンタルヘルスに不調を及ぼす可能性があり、そのメンタルヘルスの不調から生じた死亡等の結果についても会社側が責任を負わなければならない可能性があることを再認識した上で、従業員の労務管理を再点検してみてはいかがでしょうか。