異業種乱入の時代

 従来のビジネスモデルは、業界の垣根がはっきりしていて、その中で水平的分業が成立していました。しかし、技術の発展や規制緩和等で、この「業界の垣根」が怪しくなっています。

 例えば銀行。かつては、銀行と言えばとっさに頭に浮かぶのは、誰でも知っているようなメガバンクだと思いますが、今日では、セブン銀行とかソニー銀行なんていうのもあります。セブンイレブンが小売りとしての多店舗展開を活用してATM機を店内に設置し、手数料収入を伸ばしているのがよい例です。間接金融という本来の金融機関の機能からすれば、セブン銀行は本当に銀行なのかという疑問もあるかもしれませんが、他業種から金融業務の一部に乱入してきたケースであることは間違いないと思います。

 カメラ業界も地殻変動が起こっています。従来はカメラ・メーカーとフィルム・メーカーが棲み分けて業界内の水平的分業が成立していたのですが、デジタルカメラの出現やカメラ機能付携帯電話の出現で多業界からの乱戦模様です。まず、デジタルカメラの出現でフィルムがいらなくなりました。そして、性能の高いカラー・プリンターが登場したおかげで、自宅で写真をプリント・アウトできちゃいます。カメラ付携帯電話の出現はもっと画期的で、写メールで友人にメールを送るために写真を撮るというニーズまで生まれています。要するに、写真としてアルバムに入れて保存することさえしないわけです。

 さらに、私たち弁護士にとってもこの異業種の乱入が起こっています。昔は、弁護士、税理士、司法書士、行政書士等がそれぞれの分野で棲み分けて水平的分業が長らく続いていましたが、規制緩和等の結果、離婚事件に関与する行政書士や債務整理に特化した司法書士事務所が出てきたりと、同じ市場のパイを士業間で奪い合っています。

 この現象は、たとえて言えば、同じリングで異種格闘技が闘う総合格闘技に似ています。

視野を広げる

 このようなビジネス環境の下において、注意しなければならないことがあります。1つは、いつどこから異業種が乱入してきて御社のシェアを奪っていくかわからないという点です。2つめは、逆に御社にとっても自社の強みを活かして他業界に乱入し、十分なシェアを奪えるチャンスもあることを意味しています。

 そのために欠かせない視点が2つあります。

 第1の視点は、これまでの業界の定義や競合他社にとらわれず、視野を広げて市場を捉え直すことです。自分たちの業界内部での競争だけに目を奪われていると、思わぬ乱入者の出現により大打撃を受けることになります。例えば、携帯電話がカメラの機能を果たすという形で自分たちの市場に乱入してくることを警戒していたカメラ・メーカーはどれだけあったでしょうか。この例からも分かるように、自分たちが顧客に提供している価値を代替できそうな業界を見定めながら、業界の定義を再度見直し、その上で仮想の競合他社もある程度見定めておいたほうがいいと思います。これは御社の防衛面です。

 攻めに関しても、御社がその強みを活かして他業種に乱入できるチャンスもあることは前述したとおりです。先に挙げたセブン銀行の例を挙げると、セブン・イレブンは言うまでもなく金融に関しては素人のはずです。ところが、その最大の強みは小売りとして培った巨大な店舗網です。店舗数ではメガバンクもかないません。この強みを生かせれば、ATMからの現金の引き出しや振込送金というこれまで銀行が提供してきたサービスを実現できちゃいます。おまけに、お金を引き出したついでに買い物もしてもらえば本業にもメリットがありシナジー効果が生じますよね。「あの分野は我々は素人だから無理」と決めつける前に、自社の強みは何かを改めて問い直し、その強みを活かして新たに提供できるサービスはないかを考えてみることは十分価値があることだと思います。

顧客ニーズから考える

 他業種から乱入される場合であれ、自分たちが他業種に乱入する場合であれ、これから市場に起こる異種格闘技の乱戦を予測するためのコツは何でしょうか。

 それは、顧客のニーズは何かをしっかり問い直すことだと思います。例えば、音楽業界を例に挙げると、顧客のニーズは、「音楽を聴くこと」です。これが本質的なニーズです。レコードで聴くのかCDで聴くのか、あるいはインターネットで配信してもらうのかは顧客にとっては手段にすぎないわけです。要は、音楽を聴ければいいわけですから……。

 そこで、この「音楽を聴くというサービスを代替しそうな手段は何か、そしてその手段を提供できそうな業界はどこか」を考えることによって、今後のビジネス環境にどのような変革が起こるのかをある程度想定できるようになるのではないかと思います。

 リーマンショックの影響でまだ経営不振からなかなか脱しきれていない企業も少なくないとは思います。

 しかし、如何なる時代の如何なる不況下においても、企業社会が死滅した時代なんてありません。むしろ、多くの企業は生き残っているはずです。このような時代だからこそ、今一度自社の強みを捉え直し、異業種業界に殴り込みをかけてみるのも悪くないかもしれません。意外に大きなビジネス・チャンスが見つかるかもしれませんよ。