現在、凶悪または重大な刑事事件についての「公訴時効」の見直しが議論されています。

「公訴時効」とは、犯罪が起こった時点から一定期間をすぎた場合には、公訴(検察官が訴えを提起して被告人を訴追すること)そのものができなくなるという制度です。現行刑事訴訟法では250条から255条で規定されており、法定刑の軽重により、最長1年乃至25年の公訴時効が定められています。

  海外との比較でいうと、少なくとも殺人などの「重大な犯罪、重罪」については、そもそも公訴時効というもの自体定められていないことも多く、また、昨今では、被害に遭われた方(被害者)の気持ちや社会正義などを根拠に、公訴時効という制度自体に対する疑問も提起されているので、現在法務省刑事局・法制審議会において、公訴時効の制度改革についての議論がなされているところです。

  法務省が提出した試案においては、以下のような案があがっているようです。

 

1 廃止案

 殺人や強盗殺人について、公訴時効を廃止する。

 

2 延長案

 殺人や強盗殺人について、公訴時効となる期間を現行の25年から50年などに延長

 

3 廃止+延長案

    殺人や強盗殺人については公訴時効廃止、強姦致死は30年、障害致死は20年などに延長

    殺人や強盗殺人については公訴時効廃止、強姦致死は25年、障害致死は15年などに延長

 

4 停止案

    犯人の可能性がある人のDNA型などを特定できる場合には、名前でなくDNA型を被告として起訴することで時効期間が進むのを停止

    「合理的な疑いを超えて」真犯人のものと認定できるDNA型などの証拠がある場合、検察官の請求を受けて裁判官が時効を停止するかどうか判断

 

今年は、裁判員制度が施行されて1年目だったこともあり、一般市民の視点からみた刑事裁判のあり方が議論となった年でもありました。裁判員裁判において完全な無罪が争われた事件は、今のところ、外国人被告人の薬物事犯(違法薬物であることの認識を争った事案)のみですが、将来は、上記で問題となっているような重大事犯についても、裁判員裁判で争われることもあるでしょう。

 裁判員に選任されるのは、通常、犯罪などとは全く関わりのない市民の方々がほとんどですから、犯罪を犯したとされて訴追されている被告人に対する目も非常に厳しく、(たとえば、「前科前歴がない」など被告人に有利な情状とされていたものでも、「そんなことは当たり前」などとして有利にみてもらえないなど)、刑事司法にかかわる法曹にとってはさらなる研鑽の必要性を痛感しているとの声が多いようです。

 この「公訴時効の見直し」についても、被害感情の重視などの観点から、議論がされるようになったのですが、そもそもなぜ「公訴時効」という制度が必要かについて、いまいちど立ち返って考えてみるのも有益かと思います。

 「公訴時効」が制定されている趣旨(制度趣旨)としては、①時の経過により犯罪の社会的影響が微弱化し可罰性が消滅すること、②証拠の散逸によって公正な裁判が不可能となること、などが挙げられています。

 重大事件の場合は、①の「時の経過により社会的影響が微弱化」するという点について、疑問が残るので、今回の公訴時効見直しという議論が浮上したのでしょう。

 しかし、②証拠の散逸の点はどうでしょうか。これについては、重大事件であっても、時の流れにより証拠が散逸するのは、他の事件と全く変わりありません。時効期間が廃止ないし延長されてしまったら、不確かな証拠に基づく危うい裁判がなされる危険性が増すのではないでしょうか?

 また、犯人の同定方法として非常に重要視されつつある「DNA鑑定」ですが、DNA型が一致するというだけで直ちに被告人と犯人が同一人物であると100%断定できるわけではありません。DNA情報を得た真犯人により、DNA情報を含む証拠が偽造される可能性もあります。このような偽装がなされた上に、発生から何十年も経過した事件について、裁判において適切に真相を解明することができるのでしょうか?

 上記のような観点からは、現行の公訴時効の制度にもある程度合理性があるといえると思います。したがって、公訴時効を廃止ないし延長する議論は、行うにしても慎重にしたほうがよいことは確かでしょう。

 

(なお、最近、DNA情報を含む個人情報を悪用して、無実の他人に殺人などの重罪をなすりつける犯人をテーマにした小説を読みました。今回のテーマにも関連する、充実した内容でした。興味のある方は、ジェフリー・ディーヴァー著「ソウル・コレクター」(池田真紀子訳)をご覧ください)

 

 今年、私が本欄の担当をするのは、今回が最後です。皆様、よいお年をお迎えください。

来年もよろしくお願いいたします。