相談

 今日は、当社が全国各都市にて展開している少人数英会話教室のことで相談させてください。

 先般、当社のライバル会社で、全国各駅の近くに英会話教室を展開している「ABC」という会社があるのですが、その「ABC」の埼玉地区事業部長のZ氏とパーティーで名刺交換して以来、意気投合しまして、昨年、当社の事業部長として招聘することになったのです。

 Z氏は「打倒ABC!!」と言ってかなり意気込んでおりまして、まず、英会話教室を「ABC」から当社に切り替えた受講生は、半年間、授業料を安くするというキャンペーンを始めたところ、これが大当たりしました。さらに、「ABC」で(安月給で)雇われている外国人の英会話教師を大量に引き抜いてきました。そんなこともあって、「ABC」は弱体化し、ウチの売り上げは大幅にアップしました。

 ところが、昨年末、「ABC」から「独占禁止法違反だ!」といった内容証明が送られてきて、無視していましたら、今度は「ABC」が公正取引委員会に被害申告したみたいで、なんだか雲行きが怪しくなってきました。

 ただ、同業他社より安い価格で顧客を勧誘するのは、自由競争社会では当たり前のことですし、外国人教師が「ABC」を見限ったのも安い給料しか支払わなかった「ABC」の自己責任ですし、当社は悪くないですよね?

回答

1.顧客属性に応じた価格の差別化

 適正な利益が上げられる範囲で、同業他社より安い価格を設定して商品を販売したりサービスを提供したりすることは、自由競争社会においては当然のことですし、何ら問題はありません。

 また、企業は、自社の商品やサービスの価格を自由に決めることができるのが原則ですし、顧客によってはその取引量やコスト(事務費用など)が異なるのですから、例えば、「学割」のように、顧客の属性などによって価格を変えたからといって、直ちに違法と評価されることはありません。

 しかしながら、例えば、同業他社のシェアが大きい地域においてのみ、自社の商品やサービスを安くしたり、同業他社の顧客を勧誘する時に限って安い価格を提示したりするといったことを無条件に容認した場合、大企業がその資金力にものを言わせて、同業他社のシェアが大きい地域や市場に狙い撃ち的に介入し、その地域や市場における同業他社の資金力が尽きるまで安い価格を維持して顧客を奪うことが可能になります。そして、その結果、顧客を奪われた同業他社がその地域や市場から出て行き、結局、資金力のある大企業だけが残ってしまい、反競争状態が作り出されてしまいます。

 このため、独占禁止法は、公正取引委員会が指定する『不当に、地域又は相手方により差別的な対価をもつて、商品若しくは役務を供給し、又はこれらの供給を受けること』を『差別対価』として不公正な取引方法と定義し、このような行為を違法としているのです(一般指定3項)。

2.顧客や従業員の引抜きが私的独占に該当する場合

 最近、ある会社が、ライバル企業の3割近くの従業員を引き抜いた上、さらに、当該ライバル企業の顧客に対し、「自社との取引に切り替えれば、他の顧客にはない特別な条件で取引する」という不当な差別対価を提示して勧誘した事件について、東京地方裁判所での判決がありました。同裁判所は、「違法な引抜行為」に加え、これと近接した時期に「違法な差別対価」を提示するキャンペーンを大々的に行ったことを総合的に考慮し、いわば「併せ技一本」のような形で前記企業の行為を悪質な私的独占行為と判断し、20億円にものぼる損害賠償額の支払いを命じました。

 このように、設例のような場合も、競争を減殺する効果があまりにも著しく、総合的にみて反競争的意図が認められるような場合には、単なる不公正取引としての「差別対価」にとどまらず、「差別対価を手段とした私的独占行為」として判断されるリスクがあるといえます。

3.本件の場合

 本件の場合、「ABC」の受講生だけに限定して、いわば狙い撃ち的に授業料が安くなるような対価設定を行っていますので、公正取引委員会が目を光らせるような、不当な差別対価による営業政策と言えるのではないでしょうか。

 加えて、上記の「ABC」潰しと目されるようなキャンペーンと近接した時期に、講師を大量に引き抜いていることも問題があります。

 たとえ「ABC」が外国人教師を安月給で酷使していたとはいえ、「引き抜き行為」と目されるようなやり方で横取りしたというのであれば、差別対価と「併せ技一本」で、私的独占行為として評価されてしまうおそれもあります。

 「ABC」の受講生だけでなく、全受講生を対象とした割引キャンペーンに切り替えるとともに、今後「ABC」から移籍を希望する外国人教師については、円満退社することを条件にするなどして、マイルドな戦略にシフトしていくべきです。

 また、公正取引委員会への対応についても、「ABC」の外国人教師の雇用は、『困窮している教師たちを助けるためであり、引抜き行為ではない』『「ABC」からの切り替えキャンペーンとは関係ない』ということを説明していく必要があると思います。

弁護士 細田大貴