東京地裁平成25年9月30日判決は、いわゆる「自炊代行業者」(依頼者から送付されてきた紙媒体の著作物を裁断機で裁断等したうえで、スキャナーで読み取り、作成した電子データを依頼者に届ける(インターネットに接続されたサーバーからダウンロードさせたり、USBメモリ等の電子データ保存媒体を物理的に送付する)という行為を事業として行っている者)の行為は、著作権(複製権)の侵害にあたると判断しました。

 漫画・小説等の紙媒体の著作物を、当該媒体の所有者自身が(裁断等したうえ)スキャナーで読み取り電子データ化することは、それが個人的にまたは家庭内その他これに準ずる限られた範囲内での使用(「私的使用」)を目的としてなされる限り著作権侵害とはならず、違法性はありません(著作権法30条1項)。

 このような合法行為と上記自炊代行業者の行為との相違は、代行業者が電子化対象の著作物の紙媒体や作成後のデータの複製等を取得していない場合には、同じ行為を著作物の媒体の所有者自身が行うのか、業者が行うのか、という点のみであると考えられます。

 それでも後者のみが違法とされる理由について、裁判所は、上記著作権法30条1項が適用されるためには、条文上、著作物の複製物の使用をする者自身で複製することが要件となっており、著作物の複製を行う者とは「複製における枢要な行為」行う者をいうから、著作物の媒体の所有者自身が(あるいは、その管理下で)電子化のための行為を行っているとはいえない自炊代行業者のケースでは、上記著作権法30条1項の適用が問題にならないためであると判断しています。

 たしかに、著作権法30条1項の文言だけからすればこの判断は当然とも考えられますが、果たして、このように形式的に判断することは妥当といえるのでしょうか。

 そもそも、「著作物」とは、思想または感情の表現(著作権法2条1項)という形を持たないものであり、ある著作物において創作された表現はその受け手である市民に感得されなければ、社会に何らの還元もされません。一方、紙・データを存置するためのメモリ等といった媒体は、あくまで著作物という形の無い物を物理的に取引等することを可能にするための物(器)に過ぎないのであって、本来、1個の「著作物」を販売したというのであれば、(当該著作物の著作権者が特に媒体を限定して創作していたり料金設定等しているのではない限り、)その著作物の媒体をどうするかは、著作物の改変等を行わない限り、著作物の購入者が自由に選べるはずのものです。その選択を、自らの手によっては時間的・設備的な面から行えない者の代わりに行うのが自炊代行業者といえるのではないでしょうか。

 しかも、自炊代行がされることによって、これまで、時間的・物理的・媒体的な理由により著作物の購入を見送っていた人々に対して販売の機会が増加するという著作権者側のメリットも生じています。例えば、海外のある国(A国とします。)に所在する日本人が、A国から日本のインターネット通販サイトを利用して書籍を購入したうえで、その送付先を自炊代行業者とし、代行業者がデータ化して公衆送信に該当しない方法で送信した著作物を受信すれば、通販サイト上「海外発送お断り」の商品等でも、また、輸入等による時間的なロスもなく、当該著作物の表現を感得することが可能になります(もちろん、当該著作物がA国の販売規正法上のルールをクリアしていることが前提です)。

 もっとも、そのような著作物の感得の流れの中に、著作権者でも出版者でもない「自炊代行業者」が料金を受け取って介入することの是非が問われることになりそうです。しかし、現状、著作権者側がそのようなサービスをしていない以上、時間や設備を有しない表現の受け手としてはそのような業者を利用せざるをえないうえ、そこで支払われる料金も、著作物の利用による対価というよりは面倒な作業に対する手間賃というべきものです。もし著作権者側がそのような自炊代行業者の関与すら望まないのであれば、著作権者側が同様のサービスを行ったうえで、商品やサービスの内容の比較等による市場原理による排斥に任せるべきではないでしょうか。

 一方、本件の提訴の背景には、電子化されることによる対象著作物の不特定者への頒布等による著作権侵害への懸念という面もあるようです。しかし、その問題に対しては、電子化後には元の紙媒体の処分をする、電子化できる数を一つとする、といったルールの作成や、電子ファイル化する際のコピーガードの付加等の技術的措置を義務付けることによって対応可能なことであり、いずれについても自炊代行業者や著作物の使用者に遵守させるべきルールを定めれば解決可能な問題といえます。

 以上を踏まえても、形式的に考えて条文に該当しないからという理由で違法と判断して、表現の受け手から著作物の感得の機会を奪う結果を生じさせることには、著作物による「文化の発展」(著作権法1条)という著作権法の究極目的に反しているのではないかという疑問がぬぐえません。

 技術が発展し、著作物を感得する機会が増加した時代に合わせ、著作権法30条1項にいう「その使用をする者が複製」という文言を、著作物を使用する者が他者に頼んで行わせた複製であっても、結果として「私的使用」目的の範囲内で使用される著作物については該当すると解釈すべきではないのでしょうか。もし、現行の規定と解釈手法上、このような解釈が行えないというのであれば、法改正によって自炊代行業者の行為を適法化することが妥当であるように感じます。