1 はじめに

 こんにちは、弁護士の伊藤です。

 今回は、銀行の預金取扱店舗(ゆうちょ銀行は貯金事務センター。両者を合わせて、以下「店舗等」といいます。)を一切限定せずにした預貯金債権の差押え(以下「全店差押え」といいます。)の申立て[1]の適法性に関して、最高裁がその判断を示した最判平成23年9月20日・判タ1357号65頁(以下「本判例」といいます。)を紹介したいと思います。

 本判例は、最高裁において、肯定説[2]と否定説[3]とが併存していた全店差押えの適法性に関する下級審の見解を統一した点で、重要な意義を有しているものです。

2 債権執行

 債権執行とは、債権者において、債務者が第三債務者に対して有する債権を差し押さえて自ら取り立てたり、自分のものにして満足を得ようとする強制執行の手続をいいます。

 この債権執行をするためには、まずは、執行裁判所に対して差押命令の申立書を提出することになります。そして、差押命令の申立書には、「債権を特定するに足りる事項」(民事執行規則(以下「規則」といいます。)133条2項)を記載することが求められています。

3 預貯金債権の差押え

 預貯金債権に対する差押えの申立てをしようとする場合、銀行では店舗毎(ゆうちょ銀行では貯金センター毎)に預貯金債権を管理しているため、債務者が口座を開設している店舗等を記載することになります。

 ただ、債権者において、常に、債務者が十分な預貯金債権を有している店舗等を知ることができるとは限りません。

 債権者において、債務者が十分な預貯金債権を有している店舗等を知ることができない場合に、全店差押えの申立てをなしうるか否かが、規則133条2項の特定の要件と関連して問題となります。

4 本判例

⑴ 規則133条2項における特定の程度

 裁判所は、債権差押命令の申立てにおける差押債権の特定の程度について、その送達を受けた第三債務者において、差し押さえの効力が前記送達の時点で生ずること(民事執行法145条1項、同条4項、156条2項)にそぐわない事態とならない程度に速やかにかつ確実にその債権を識別することができるものであることを要するとしました。

⑵ 全店差押えの申立ての適法性

 全ての店舗等を対象とする預金債権等の差押命令の申立ては、各店舗等において預貯金債権の全てについて、その存否及び先行の差押え・仮差押えの有無、種別、差押命令送達時の残高等を調査しなければならいこと等を考慮すれば、速やかにかつ確実に差し押さえられた債権を識別できるとはいえず、したがって差押債権の特定を欠き不適法であると判断しました。

5 実務へのインプリケーション

 本判例の射程は、田原睦夫裁判官の補足意見からすれば、第三債務者が金融機関の場合に限らず、支店単位あるいはブロック単位で債権管理をしているゼネコン、広い地域で事業展開をしている土木建設業者等にも及ぶと考えられます。

 企業におかれては、将来の債権回収を見通して、取引の相手方等が通常取引している金融機関の店舗のほか、取引の相手方等が売掛金等債権を有している先の店舗等についても、日頃から可能な限り情報収集しておくのが適当といえるでしょう。

6 結び

 私が本ブログを担当するのは、これが最後になります。これまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

弁護士 伊藤蔵人

[1] 全店差押えの申立てとは、例えば、複数の店舗等に預貯金債権がある場合には支店番号の若い順に従う等とした上で差押命令を求めるようなものをいう。
[2] 東京高決平成23年1月12日・金融商事判例1363号44頁、東京高決平成23年3月30日・金融商事判例1365号40頁、東京高決平成23年4月14日・金融法務事情1926号112頁など。
[3] 東京高決平成23年3月31日・金融商事判例1365号51頁、東京高決平成23年5月16日・判タ1347号248頁、東京高決平成23年5月18日・金融法務事情1926号118頁など。