皆様、こんにちは。
労働時間についてのもっとも基本的な法規制は、1週及び1日の最長労働時間の規制であって「法定労働時間」と呼ばれる。
労働基準法は、法定労働時間を1日8時間・週40時間と定めています(32条)。使用者が、労働者を法定労働時間を超えて働かせる場合には、法所定の例外の要件(33条・36条)を満たさなければならず、またこうした法定の労働時間を超える労働にはその時間に比例した割増賃金を支払わなければなりません(37条)。
しかし、労働基準法はかかる労働時間に関する定義規定を置いていません。
この労働基準法上の「労働時間」の判断枠組み等について最高裁として初めてその見解を示したのが、最高裁平成12年3月9日判決です。
Xらは、船舶等の製造・修理等を行うY社に雇用されて造船所において就業していました。
Y社の就業規則では、Xらの労働時間は、午前8時から午後5時まで(うち休憩時間は正午から午後1時まで)、また始終業基準として、始業に間に合うように更衣等を完了して作業場に到着し、所定の始業時刻に作業場において実作業を開始すること、終業にあたっては所定の終業時刻に作業を終了し修業後に更衣等を行うことが定められていました。さらに、始終業の勤怠管理は、更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として定められていました。
当時Xらは、Y社から、実作業に当たり作業服の他所定の保護具、工具等の装着を義務付けられ、その装着を更衣室等で行うものとされ、これを怠ると、懲戒処分の対象となったり、成績考課に反映されて賃金の減少につながる場合もありました。また、Xらのうち造船現場作業従事者は、Y社により副資材や消耗品等の受出しを行うことも義務付けられており、またXらのうち鋳物関係作業従事者は、粉じん防止のため、上長の指示により午前の始業開始時刻前に月数回の散水を行うことが義務付けられていました。
Xらは、午前の始業時刻前に①入退場門から事務所内に入って更衣室等まで移動し、②更衣室等において作業服及び保護具等を装着して準備体操場まで移動し、③午前ないし午後の始業時刻前に副資材等の受出し等や午前の始業時刻前に散水を行い、また④午前の終業時刻後に作業場等から食堂等まで移動し、また現場控所等において作業服等の一部を離脱し、⑤午後の始業時刻前に食堂等から作業場等まで移動し、また離脱した作業服等を装着し、⑥午後の終業時刻後に作業場等から更衣所等にまで移動して作業服等を離脱し、⑦手洗い、洗面、洗身、入浴を行った後通勤服を着用し、⑧更衣所等から入退場門まで移動し、事業場外に退出するという各行為を行ったが、これらはいずれも労働基準法上の労働時間に該当する旨主張してY社に対し、割増賃金の支払いを求めました。
1審及び原審は、ともに上記のうち②、③,⑥については、労働基準法上の労働時間と認められるとして、Xらの請求を一部認容しました。これに対し、Yが原審敗訴部分を不服として上告しました。
本判決は、以下のとおり判示して②③⑥の上告を棄却しました。
「労働基準法…32条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。」
「労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。」
本判決は、本件で問題となった作業着等の着脱に要する時間等の労働時間性についても具体的に判断しており、こうした業務に付随する一定の諸活動についての労働時間性判断を一定程度容認するものともなっています。
弁護士 髙井健一
参考文献
労働判例百選(第8版)