皆様こんにちは。
 前回は配転命令の限界についてみてみましたが、今回は企業の人事管理の手段として配転同様活用されている出向命令についてみてみたいと思います。

 出向は、出向元企業における従業員の地位を保持したまま、出向先企業においてその労務に従事させる人事異動ですが、法的には、出向元会社との労働契約上の権利義務の一部が出向先会社に譲渡されることを意味します。どの権利義務が譲渡されるかは出向元・出向先両者間の合意で決まります。一般的には、労働時間、休日、休暇などの勤務形態は出向先企業の就業規則に従って定められ、また労務管理の指揮命令権も出向先企業がもつことになります。

出向命令権の要件

 まず、出向命令をなす場合にも、配転命令の場合と同様、労働契約上の根拠が必要です。

 前回みたように配転命令の場合には、労働契約上の根拠として、就業規則に配転命令権の包括的根拠規定を設けたり、採用の際などに労働者の包括的な同意を得ておけば、原則的に使用者には労働契約上配転命令権が認められるといえます。

 しかし、そもそも、労働契約は、労働者が、その契約の相手方である使用者のために、その指揮命令を受けて労務を提供することを本質的な内容としており、出向のように労務の提供先が変わり、他企業が指揮命令権を行使することは本来予定されていません。

したがって、使用者が出向を命令するには、「当該労働者の承諾その他これを法律上正当づける特段の根拠」が必要になるといえます。

 この点、福岡高裁平成12年2月16日判決は、「出向(在籍出向)においては、出向者と出向元会社との間の労働契約は維持されているものの、労務提供の相手方が変わり、労働条件や生活関係等に不利益が生じる可能性があるので、出向を命じるためには、これらの点の配慮を要し、当該労働者の承諾その他これを法律上正当付ける特段の根拠が必要であると解すべきである。」と判示しています。

 その後、最判平成15年4月18日(新日本製鐵事件)は、就業規則上出向に関する一般的な規定があり、また労働協約にも出向期間や出向中の処遇等に関する詳細な規定があったというケースにおいて、使用者は労働者の個別的同意を得ないで出向命令を出すことができるとしました。この最高裁判例は、事例判例ではありますが、就業規則や労働協約上の出向の包括的根拠規定に加えて、労働協約において出向期間や出向先での労働条件など、出向労働者の利益を配慮した詳細な定めが設けられていることを根拠としていますから、使用者が個別の同意を得ることなく出向を命じる場合には、出向先での賃金・労働条件、出向の期間、復帰の仕方など出向規定などによって労働者の利益への配慮をしておく必要があると思われます。

権利濫用法理による制約

 次に、出向命令をなす場合にも、配転命令を出す場合と同様に、出向命令が権利の濫用にならないことが必要です。

 その判断基準は、基本的には前回配転命令の回にみた東亜ペイント事件の判断枠組みと同様に考えられます。すなわち、大きな枠組みとしては、配転命令の場合と同様、出向命令の必要性と出向者の労働条件上及び生活上の不利益とが比較衡量されます。

 ただし、出向命令については、労働契約法14条に「出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は無効とする。」と明文が設けられています。
 出向命令が同条により権利の濫用として無効とされないようにするため、①出向命令の必要性、②出向者の人選に係る事情、その他、③出向により労働者が受ける不利益の内容・程度(それを回避ないし緩和するための措置も含む)、④出向命令を発するに至る手続きなどについて配転命令の際以上に配慮する必要があるといえます。

 前述の新日本製鐵事件では、出向命令に必要が認められ、出向対象者の人選が合理的であり、労働者が生活関係や労働条件等において著しい不利益を受けるものではなく、命令に至る手続が不相当でもないとして、出向命令権の濫用が否定されました。
 出向命令をなす際に配慮すべき点として参考になると思われます。

弁護士 髙井健一