従業員の競業避止義務で弁護士業界では、有名な方が当事者となった裁判例(東京地裁平成7年10月16日決定)があるので、今回は、この裁判例を参考に従業員の競業避止義務を考えてみたいと思います。

 弁護士業界で有名な方というのは、司法試験予備校の有名講師の方で、若手の弁護士の方であれば、知らない人はいないというくらい有名なのではないかと思います。事案は、この講師の方がもともと勤務していた司法試験予備校から独立し、自分で司法試験予備校を開設したことにより、その司法試験予備校から営業禁止の仮処分を申し立てられたという内容です。

 この裁判例で注目すべき点は、退職後の競業避止義務を定める特約の有効性の判断を2つの場合に分けている点だと思います。

 2つの場合とは、退職後の競業避止義務の特約が①もともと当事者間の契約なくして実定法上労働契約終了後の競業避止義務を肯定し得る場合に、義務の内容を確認した規定であるのか、それとも、②競業避止義務を合意により創出するものであるのかという区別をして判断するというものです。

 この2つの場合では、具体的な有効性判断の条件が異なります。①の場合には、競業避止義務を規定することの代替措置をとることは必要不可欠な条件ではなく、有効性判断の補完的な事由であるにすぎないのに対し、②の場合には、競業避止義務を規定することの代替措置をとっていることが必要不可欠の条件であるという点です。

 もっとも、この裁判例では、①の場合がどのような場合であるのかを明らかにしておらず、本件は、②に該当する場合であるとして、代替措置がないために無効であるという判断がなされました。

 この裁判例からすると、退職後の競業避止義務の特約は、②の場合になることの方が多いように思われますので、退職後の競業避止義務の特約を規定する場合には、代替措置を設けるのが妥当だと思われます。

弁護士 竹若暢彦