以前、私は当ブログに、人員削減及び解雇権濫用などに触れる記事を書いたことがあります。おさらいしますと、解雇権濫用法理とは、解雇に客観的合理的理由と社会通念上の相当性を求める法理のことです。同理論は、判例及び裁判例の蓄積によって形作られ、現在では労働契約法16条として明文化されています。「客観的合理的理由」、「社会通念上の相当性」は、解雇の正当性を考える上での決まり文句と言えるかもしれません。
同様の決まり文句に、整理解雇の四要件というものもあります。①人員削減の必要性、②解雇回避の努力、③人員選択の合理性、④協議等の手続の妥当性、の4つです。
ここまでは、以前の記事の中でも書かせてもらいました。
さて、解雇権濫用の法理という言葉を聞くと、反射的に上記のようなキーワードが思い浮かびます。しかし、解雇権の濫用とは、数語のキーワードのみで推し量ることができるほど単純なものではないと思います。
「客観的合理的理由」とはどんなもの?「社会通念上の相当性」とはどの程度?キーワードはいずれも抽象的で一般的な言葉です。それを具体的事案に応じて、事実に照らして解釈していかなければなりません。
では、解釈の基準となる事実は何になるのか。企業の規模は結論に影響を与えるか、労働者の雇用形態はどうなのか、経済市場の国際化や景気状況も考慮すべき重要な要素ではないのか、などなど。キーワードを知って満足するのではなく、そこからよくよく考えてみると、たいそう複雑な問題であるような気がします。
おそらく、一般的には、正社員の解雇はひどく難しいという認識があるのではないでしょうか。会社の財務状況を改善させるべく、無駄を省くために不要人員の削減を望む経営者の方は大勢いるのではないかと思われます。しかし、解雇規制と法的紛争の可能性を考えると、なかなか実行にまでは至らないことが多いのではないですか?
そのイメージは、労働者の生活を守る結果につながっていると思います。また、解雇の憂いなく安心して働くことができる職場環境が、却って好業績につながる例は決して少なくないでしょう。
ただ、今後はどうなっていくのでしょうか。経済成長率の伸び悩み、不況感、サイクルの速い経済活動。また、多国間枠組みの中での「基準の国際化」や「規制緩和」を求められる動き。どんどん変化する社会の中で、労働者、それも正社員の雇用のみが強く保護されるべきと解される状況がいつまで続くかは、不明瞭なのではないでしょうか。
抽象的一般的なキーワードを解釈するに際し、裁判官がその時の社会情勢、経済状況、労働事情を結論に反映させたならば、人によっては、労働者の雇用に強い保護を与えることはもはや実態にそぐわないと考えるかもしれません。
私見ですが、解雇権濫用法理のいう「客観的合理的理由」や「社会通念上の相当性」は、極論すれば「恣意的な解雇ではない、全く必要のない解雇ではない。」程度でも要件として充足し得ると考えることができると思います。社会情勢、経済状況、労働事情によって、「客観的合理的理由」、「社会通念上の相当性」という2つの要件で表される解雇の正当性は、解釈の幅が大きく、結論も異なる可能性があると考えられます。
今は厳格だと思われている解雇権濫用の法理、今後社会が変化していく中で1つでも企業側に寛大な判決が出れば、一転して解雇自由に近い水準にまで緩和されるかもしれません。あくまで可能性の話ですが。