前回は、新旧両会社で支配者や取引先などの同一性が認められる場合、法人格の濫用が認められやすいということに触れました。
今回は、前々回の分類の③と④、つまり新会社設立に際しての債権者との交渉という点と、新会社設立に際しての債務の引継ぎ状況という点について検討を行おうと思います。
新会社を設立するとして、当然に旧会社の債権者から了解を得なければならないというものではありません。ただ、時と場合によっては債権者と誠実な交渉を持ち、説明を果たすことが重要となる場合があるようです。
東京地方裁判所昭和56年5月28日判決は、新旧両会社で組織や営業の流用を行ったケースで、取引先には新会社が営業を引き継ぐ旨の通知を行いながら、債権者には同様の通知を行わずにいたことを認定し、法人格の濫用を認めました(判タ465号148頁)。
この点は単独で結論に影響を及ぼす要件というよりも、人的及び物的基盤の同一性や営業の引継ぎなどのその他の事情との関係の中で考慮されるものであると考えられます。そのため、法人格濫用の有無を検討する上では、重要事実とはなりにくいのでしょう。
ただ、逆に、そのままでは法人格濫用とされた可能性が高い場合に、債権者と誠実な交渉を持ったために問題なく新会社を設立できたという場合もあるかもしれません。客観的、形式的に法人格濫用とされかねない場合であっても、それを問題とする者がいなければ影響は生じないからです。法人格濫用となるか否か際どい場合には、債権者と誠意ある交渉を持つことが意味を持つ場合があるかもしれません。
新会社の設立の際、特定の債務のみを選んで新会社に引き継がせるようなことをすることは、法人格の濫用が認められる要因となってしまう恐れがあります。旧会社の債務を切り捨てようとすることは問題ですが、債務の選り好みをすることもまた問題となります。
松江地方裁判所昭和50年9月22日判決は、旧会社の事実上の倒産後に新会社の設立が行われているが、それは旧会社の経営者と旧会社の大口債権者との通謀によるものであり、新会社は旧会社の大口債権者の指示のもと旧会社の債務を選んで返済していたという事案です(判時807号92頁)。裁判所は法人格の濫用を認めました。
東京地方裁判所平成15年3月28日判決は、旧会社の一営業部門が新会社として独立したというケースで、新会社が独立前の旧会社の当該営業部門の債務のみを免責的債務引受として引き受けたものです(判例集未登載)。裁判所は、旧会社が営業部門独立後にわずかながら債権者へ返済を行ったこと、新会社が免責的債務引受を行ったことから旧会社を存続させる意図が認められること、旧会社が債権者に新会社設立及び営業譲渡と返済計画を示して理解を求めていたこと、債務の振り分け状況は営業部門を分離させることで両方を再建させるという目的に沿っていること、などから、旧会社に債務免脱の意思までは認められないとして法人格の濫用を認めませんでした。
これら両事案は、新会社が特定の債務のみを引き継いだという点で共通性を持ちますが、その他の諸事情と合わせ、債務免脱の意思が認められるか否かで結論を異にしたものと考えられます。