前回は法人格の濫用についての一般論を説明しました。その中で、支配要件については客観的に数字で立証できる場合が多いと考えられるのに対し、目的要件については客観的な事実から主観面を推認するという微妙でやや曖昧な立証をせざるを得ないということに触れました。
(前回の記事はこちら:法人格否認の法理3)
目的要件については、確立した明確な判断基準はありません。同種の事例における判断を参考に、当該事案で支配者に違法、不当な目的が認められるか否かの結論を推測することとなります。ゆえに、法人格の濫用を主張する債権者側は目的要件の充足の立証に説得力を持たせることに苦労することとなるでしょうが、新会社の設立者側も当該設立が法人格の濫用に当たらないとはなかなか確信できないこととなると考えられます。
先にも述べたとおり、目的要件の充足の有無を判断するには、過去の同種事例と照らし合わせることが最も有効であると思われます。そして、前回は、過去の事案を分析、整理すると、次のような事実が重視されているのではないかと考えられることに触れました。
すなわち、①新会社の設立により、旧会社の債権者が害されたか、②新旧両会社で支配者や取引相手が同一か、③新会社設立に際しての旧会社債権者との交渉の有無、内容、④債務の引継ぎ状況です。
このうち、今回は、①の旧会社の債権者が害されたか否かを説明しようと思います。
設立された新会社に旧会社の資産のみを移転すれば、新会社による経営再建は容易なものとなります。一方、旧会社は、収益の基盤を失ったことで負債を返す当てがなくなります。これがまかり通るとすれば、旧会社の債権者は大きく害されることとなります。
そのため、新会社設立に際しては、旧会社の債権者への対応を適切に行わなければ法人格濫用が認定されやすくなる傾向があると考えられます。
東京地方裁判所平成7年9月7日判決は、営業維持のため新会社を設立し、旧会社の負債はそのままに資産のみを譲渡し、営業譲渡についての対価は支払われなかったという事案です(判タ918号233頁)。この事案について、裁判所は法人格否認の法理を適用しました。そして新会社は、旧会社の債権者に対し、旧会社と別人格であることを以て旧会社の債務を免れることはできないと判示しました。
一方、千葉地方裁判所松戸支部平成10年11月17日判決は、新会社が旧会社から設備及び営業権の一部の譲渡を受けたという事案ですが、新会社が譲受と引き換えに設備及び営業権の合理的な対価と認められる額に相当する債務の引き受けも行っていることを認定し、法人格の濫用は認められないと判示しました(判タ1045号255頁)。
前者と後者で判断が分かれた原因は、旧会社のおいしい所取りをして旧会社の債権者を蔑ろにしたか、債務を引き受け債権者を害することがないように手を打ったかの違いにあると考えられます。