今回は、多数の従業員を他の会社に移籍させること、いわゆる引抜きを行うことにより、損害賠償責任を負う場合があることについてお話ししたいと思います。
労働者の引抜き
労働者の引抜きとは、A社の役員等が、部下の従業員を引き抜いて、競業他社B社で引き抜いた従業員を雇うことをいいます。このような引抜きを行うと、A社にとっては、多大な戦力を失うだけではなく、同時に培ったノウハウ等も流出することになり、重大な損害を被ることになります。そこで、このような労働者の引抜きに対しては、一定の場合に損害賠償責任を負わせることとされています。
引抜きは、大きく分けて、①在職中の従業員による引抜きと、②退職後の従業員による引抜きがあります。
① 在職中の従業員による引抜き
在職中の従業員による引抜きについて先例となる裁判例としては、東京地判平成3年2月25日の、ラクソン事件があります。これは、英語教材を販売する原告会社の営業本部長が、在職中に多数の部下を一斉に退職させ、同じく英語教材を販売するラクソン株式会社に移籍させたという事案です。
判決では、在職中の従業員は、雇用契約に付随する信義則上の義務として、就業規則を遵守するなど労働契約の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務を負っているところ、引抜き行為はこれに違反することを認める一方で、労働者の職業選択の自由を考慮し、引抜きが「単なる転職の勧誘の域を越え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合」に、誠実義務違反となると判断しています。そして、引抜きの社会的相当性の有無については、「転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して」判断すべきとしています。
② 退職後の従業員による引抜き
退職後は、引抜きを行う従業員と会社との間で労働契約が終了している以上、誠実義務違反の問題は生じません。
しかし、そうであるからといって、引抜きが全く自由に行われてよいかというとそうではありません。引抜きの態様が、営業秘密を持ち出させるなど悪質な場合は不法行為が成立しえます。また、退職後も就業規則等で競業避止義務を負う場合は、競業避止義務に反する態様で引抜きを行うと、競業避止義務違反による損害賠償責任を負うことになります。
まとめ
引抜き行為により生じた損害としては、①営業上の逸失利益、②求人費用、③販売の機会喪失の損害等がありますが、特に大きいのが、営業上の逸失利益です。この損害額は、場合によっては数千万円単位にもなることもありますから、注意が必要です。