1 賃貸借契約における賃貸人の修繕義務
賃貸借契約を締結した場合、賃貸人及び賃借人には様々な権利義務関係が発生します。賃借人の主たる義務は賃料の支払義務であり、賃貸人の主たる義務は賃貸物件を使用させる義務でしょう。
賃貸人は、この主たる義務である賃貸物件を使用させる義務を履行する一環として、賃貸物件の修繕義務を負担しています。賃貸借契約においては、修繕義務を中心として、紛争が生じることが多々あります。
2 修繕通知義務と修繕義務の関係
賃貸物件に瑕疵(欠陥)がある場合に、賃借人としては、修繕箇所があることを通知する義務が定められています(民法第615条)。
それでは、賃借人が、修繕箇所を通知しなかったことで、賃貸人は修繕義務を免れるのでしょうか。
民法上は、賃貸人の修繕義務が発生する要件として、賃借人の修繕通知があったことは求められておらず、たとえ通知がなくても賃貸人は修繕義務を負います。賃借人が通知を怠ったとしても、現実に通知されることがなかったために賃貸人が修繕できなかった一つの理由にはなりますが、法的に修繕義務を免れることはできないのです。
但し、賃借人が修繕通知を怠ったがゆえに、賃貸物件に損害が生じたような場合は、賃貸人は、賃借人に対して、善管注意義務違反等の債務不履行責任を追及できる可能性はあると考えられます。
3 賃料支払義務と修繕義務の関係
賃貸人の方が修繕を知らされつつも、修繕することができない理由としてよくあるのは、賃借人が賃料を支払わずに、修繕を要求してくるため、修繕費用を賄うことができないというものです。
賃料を支払っていない賃借人の住んでいる賃貸物件を修繕することは採算が合いませんし、不平等に感じるのは確かです。しかし、修繕通知義務と同様、賃借人が賃料支払義務を怠っていたとしても、賃貸人は、修繕義務を免れることはできません。
逆に、賃借人は、賃貸人が賃貸物件を修繕しないことを理由に賃料の支払いを拒むことができるのでしょうか。判例では、「賃貸家屋の破損、腐蝕の状況が居住に著しい支障を生ずるほどでな」い場合においては、「賃借人は賃貸人の賃賃家屋修繕義務の不履行を理由に賃料全部の支払を拒むことができない」とされており、たとえ賃貸人が修繕義務を怠っていたとしても、賃料全部を支払わないということはできません。
結局、修繕が必要となる場面においては、賃貸人も賃借人もお互いの義務を免れることはできないことになります。
賃貸人としては、賃貸物件の修繕を要するような場面においては、修繕義務を履行したうえで、それでも賃料が支払われない場合には明渡しを請求するといった対応が必要となります。仮に、修繕義務を履行しないままにしておいた場合、後日の紛争において、瑕疵の内容や賃料減額請求の成否等の争点が出現し、結局、明渡請求訴訟が長引く結果、修繕費用以上に賃料を得る機会を喪失する可能性もあります。
賃料を支払わない賃借人のために、賃貸人が修繕義務を履行しなければならないことが不平等に感じることもあるかと思いますが、修繕義務を履行することは、次に入る賃借人の利益にもなると考え、賃貸人として義務を尽くしておく方が、最終的な損失を抑えることができると考えられます。