1 懲戒処分の根拠

 使用者は、企業の規律を守るため、一定の場合には、労働者に対して制裁を与えることが認められています。それが、懲戒処分です。

 懲戒処分とは、「従業員の企業秩序違反行為に対する制裁罰であることが明確な労働関係上の不利益措置」と定義される労働者に対する制裁のことです。

 但し、使用者に懲戒処分権が認められるためには、①懲戒事由を規則に規定し、②労働者の行った、懲戒事由に該当する行為が企業の秩序を阻害又は阻害する実質的な危険が生じている必要があると考えられています。

 また、懲戒事由に該当するとしても、懲戒権の濫用とされた場合、懲戒処分が無効とされるおそれがありますので、懲戒処分を行う際には注意が必要です。

2 主な懲戒事由

(1) 経歴詐称

 例えば、採用の際に経歴を偽ること(高く偽るか、低く偽るかは問わない)などを懲戒事由に定めることがあります。しかし、裁判例は、懲戒事由になることは認めつつも、詐称された経歴は重要なものであることを要するとしており、労務の内容とは直接関係のある重大な経歴詐称などに懲戒事由事由を該当して規定しておく方が良さそうです。

(2) 職務懈怠

 無断欠勤、出勤不良、遅刻・早退過多、職場離脱、勤務成績不良等の職務懈怠を懲戒事由と定める例が多くあります。

 但し、職務懈怠は労働契約における労働者の債務不履行に該当し得ますので、労務提供をしなかったこと自体は債務不履行責任を問うことができるため、債務不履行責任を問うだけでなく、さらに懲戒処分を行うためには、職場秩序を乱したといえる程度の悪影響がある場合に限って行う必要があります。

(3) 業務命令違背

 使用者による、日常的な労働の命令・指示、時間外労働命令、出張・出向・配転命令等に違反したことを懲戒事由に定めておきます。
 業務命令違背を理由に懲戒処分を行う場合、各業務命令が有効であることが前提です。各業務命令はその種類によって有効となる要件が異なりますので、前提となる業務命令が有効となるように注意が必要です。

(4) 職場規律違反

 職場規律を害した場合など、一般的な定めを規定しておくことで、懲戒事由を広く定めておく例があります。一般条項として働くため、使用者と労働者の間で生じる様々な事情が該当することになりますので、一見すると便利なようにみえます。

 この懲戒事由に該当する例としては、企業内での暴行・横領・窃盗等の行為、その他セクシャルハラスメントを行ったこと、業務に無関係な職場での私用メールやインターネットの私的利用を大量に行う行為や誹謗中傷メールを送信することなどが挙げられます。

 しかし、形式的には懲戒事由に該当するとしても、あまりに軽微な行為については懲戒処分の有効性が問題となり得ますので、職場規律違反の規定に基づく懲戒処分については慎重さが求められます。

(5) 企業外の行動

 企業外の行動であっても、労働者は信義則上、使用者の業務利益や信用名誉を棄損しない義務(誠実義務・企業秩序順守義務)がありますので、私生活上の非行・兼職禁止・秘密漏洩・会社批判等を懲戒事由として定めることがあります。

 労働者が、労働時間外かつ企業外に、非行を行ったことや会社を批判したことなどにより、企業の信用を損なったりした場合には、懲戒事由に該当し、懲戒処分を行うことができますが、労働者の企業外での行為が企業秩序を阻害しない程度である場合、懲戒処分の有効性が問題となります。特に、企業批判のうち、内部告発については、公益通報者保護法の定める公益通報に該当した場合、公益通報をしたことを理由とする解雇等の不利益取扱が禁止されていますので、注意が必要です。

 以上のとおり、懲戒処分の根拠となる懲戒事由については、労働者の様々な行為を広く定めておくことが考えられますが、実際に懲戒処分を行うにあたっては、労働者の行った懲戒事由に該当する行為が、どの程度企業秩序に影響を与えるか考慮し、処分の重さも熟考の上、慎重に行う必要があると考えられます。