1.はじめに
弁護士の平久です。今回は、相殺禁止と相続との関係が問題となった判例(大阪高裁平成15年3月28日判決金法1692号51頁)についてご紹介致します。
2.事案の概要
① Y信用金庫 | ←(預金債権) | 平成10年8月 Aの母、死亡 |
② Y信用金庫 | ←(払戻請求) | 平成11年3月 Aについての 破産手続開始決定 破産管財人X就任 |
③ Y信用金庫 | →(相殺主張) |
Aの母は、平成10年8月に死亡した。他の共同相続人は、平成11年10月に相続放棄をし、Aの母がY信用金庫に対して有していた預金債権についてAが全額を取得した。
破産者Aは、平成11年3月に破産手続開始決定を受けた。
そこで、Aの破産管財人Xが、Y信用金庫に対してAの母から相続した預金債権の払戻しを請求したところ、Y信用金庫は、Aに対して有する債権との相殺を主張して払戻しに応じなかったため、Xは当該債権の支払を求めて提訴した。
3.問題点
破産法71条1項3号は、支払の停止があった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その負担の当時、支払の停止があったことを知っていたときには、破産債権者は原則として相殺をすることができない旨規定しています。
ただし、同条2項1号は、債務の負担が「法定の原因」に基づく場合には例外的に相殺を可能とする旨規定しています。
そこで本件では、Aの母の死亡によるAの相続が「法定の原因」に当たるかが問題となりました。
さらに、相続が「法定の原因」に当たるとしても、共同相続人が相続を放棄したことにより、破産者が取得することになった破産債権者に対する債権(破産者の法定相続分を超える部分)についても、同様に解することができるかという点も問題となりました。
4.判決の要旨
相続、合併のような一般的な承継や事務管理、不当利得など、破産債権者の債務負担が法定の原因に基づく場合は、その債務負担が債権価値の下落を補填するための手段として行われたものではなく、相殺権の濫用に当たるということはできないから、同条2号但書(現行法71条2項1号)により、相殺禁止から外されている。
上記の趣旨に鑑みると、本件のように、破産者Aの母が死亡したことにより相続が生じ、破産債権者であるY信用金庫がAに対し本件各預金(破産者の法定相続分)債務を負担した場合に、Y信用金庫が本件破産債権を自働債権とし、本件各預金債権を受働債権として相殺することは、何ら相殺権の濫用に当たるものではなく、本件各預金債務は、同条2号但書(現行法71条2項1号)に定める「法定ノ原因」に基づくものであるということができ、有効に相殺することができるものである。
相続の放棄は、いかなる動機によるかはともかく、相続人の意思に基づいてされるものであり、破産者や破産債権者がその意思表示を強制することができるものではない。Y信用金庫がAに対し本件各預金の全額につき債務を負担することになったのは、他の相続人であるB及びCがその意思に基づいて相続の放棄をしたことによるものである以上、Y信用金庫が本件各預金債権を受働債権として相殺したとしても、相殺権の濫用に当たるというものではない。
5.本判決を踏まえて
本判決は、破産法71条2項1号の「法定の原因」が成立する場合について一例を示したものといえます。
「法定の原因」に当たる場合に相殺が許容されるのは、当然に債務が発生し又は帰属するのであって、破産債権者は危機状態を知って殊更に債権債務の対立状態を作出したとはいえないからであると一般的に説明されています。
確かに相続の場合には、相続の開始原因が死亡である(民法882条)ことから作為の入る余地が考えにくいのですが、合併の場合にはもっぱら相殺を可能ならしめるために他社と合併するような場合も考えられ、このような場合に相殺が許されることには疑問の余地があります。実際にこのような場合には相殺は禁止されるとする見解もありますので、判断に迷われる場合には弁護士にご相談下さい。
弁護士 平久真