今回は、標記の通り、受刑者(懲役刑が確定して刑務所で服役している者)が所有する不動産に競売開始決定及び引渡命令の各謄本を送達する際に、公示送達の方法が採用されたことが、裁判所により違法とされ、国家賠償請求が認められた事例についてご紹介します。

名古屋地方裁判所平成20年5月16日判決

 本件の事案の概要は、おおむね以下のようです。

 原告は、平成9年3月10日、本件土地建物を訴外C株式会社から購入した際、訴外住宅金融公庫から訴外財団法人公庫住宅融資保証協会(以下「訴外保証協会」)の信用保証付きで580万円を借り受け(以下「本件賃貸借契約」という)、同日、本件土地建物に抵当権(以下「本件抵当権」という)を設定し、その旨の抵当権設定登記をした。

 原告は、訴外保証協会との間で、同日、訴外保証協会が本件金銭消費貸借契約に基づく原告の債務を補書する旨の保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という)を締結した。

 原告は、平成15年1月9日の支払いを最後に、本件金銭消費貸借契約に基づく債務の弁済を怠ったことから、訴外保証協会は、平成16年7月26日、訴外住宅金融公庫に対し、本件保証委託契約に従い、本件金銭消費貸借契約に基づく残滓務276万1371円を代位弁済し、本件抵当権を取得し、その旨の移転登記を受けた。

 訴外保証協会は、名古屋地方裁判所に対し、本件抵当権に基づき、本件土地建物の競売を申し立てたところ、同裁判所は、平成16年9月15日、本件土地建物について競売を開始する旨の決定(以下「本件競売開始決定」という)をした上で(本件競売開始決定に基づいて行われた競売手続きを以下「本件競売手続」という)、債務者兼所有者である原告に対しては、公示送達によって本件競売開始決定の正本を送達し、同送達は、平成16年11月20日に送達の効力が発生した(弁論の全趣旨)。

 その後、本件競売手続が進行した後も、裁判所は、原告に対する通知の方法として公示送達を採用し続けた。
 争点は、執行裁判所(上記の名古屋地方裁判所)の担当書記官が、本件競売開始決定及び本件引渡命令の各正本を公示送達によって原告に送達したことが違法であり、そのことに過失があるかという点である。

 本件について、裁判所は、概要以下の通り判示しました。

 民事訴訟関係書類の送達事務は、受訴裁判所(執行事件では執行裁判所)の裁判所書記官の固有の職務権限に属し、裁判所書記官は、原則として、その担当事件における送達事務を民事訴訟法の規定に従って独立して行う権限を有するものであるところ、公示送達の許否を含め、送達場所の認定に必要な証明資料の収集については、担当書記官の裁量にゆだねられているものと解される。

 したがって、裁判所書記官は、相当と認められる方法により収集した証明資料に基づいて、送達場所を判断すれば足りるのであって、その証明資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、裁判所書記官のした送達は適法であると解するのが相当である。(最高裁平成10年9月10日判決)

 もっとも、公示送達は、裁判所書記官が送達書類を保管し、いつでも受送達者に交付する旨を裁判所の掲示板に掲示して行う送達であるところ(民事訴訟法111条)、同送達方法は、送達場所の不明等によって受送達者に送達書類を交付できない場合に、一定期間の交付を受ける機会を与えたことをもって送達を完了させる制度であり、受送達者が了知する可能性がある場所に送達書類を実際に送付する他の送達方法とは決定的に異なるものであり、他の送達方法によることの出来ない場合に選択される、いわば最後の手段である。

 そうすると、このような公示送達の性質及び受送達者が民事裁判手続に関与する機会の保障という意義に照らせば、裁判所書記官が公示送達を行うにあたっては、受送達者の最後の住所、転居先、その他就業場所等の送達すべき場所が見あたらないことの客観的事情を証明するに足りる資料を収集するよう努めるべきであり、また、それによって得られた情報を総合的に考慮してもなお送達すべき場所が不明であるか否かを合理的に判断しなければならないものと解するのが相当である。

 では、本件で書記官が公示送達を選択した点をどう評価すべきか。

 本件で書記官が作成した報告書には、近隣住民から聞き取り調査を行った結果として、原告は「静岡あるいは静岡方面の刑務所に服役中と思われる」という、ある程度具体的な情報が得られていると言うべきであり、これについて補充捜査をして確認をすることが必要であったと言わざるを得ない。かかる補充捜査をせずして直ちに公示送達を実施することは、送達が裁判所書記官の裁量に属することとは言っても、収集した情報をふまえての判断としては、合理性を欠くものというべきである。

 (中略)

 信憑性のある情報か否かについて判断に迷う場合、裁判所であれば、関係官公署に対する紹介等を行ったり、公示送達の申立人に補充調査を指示したりするによって情報の真偽を明らかにすることが可能であることからして、刑事施設に収容されているという情報があり、それが相応に具体性があり、かつ、信憑性がありうると考える余地がある情報であって、風評のたぐいにとどまるものとはにわかに断じがたい場合(収集した情報からは、受送達者が所在不明であると判断するには、なお「合理的疑い」が残る場合と言い換えることができる。)には、それが信憑性のある情報か否か(ないしその情報の真偽)についてさらに相当な方法で補充調査を行い、その確認をすることによって初めて、裁判所書記官として、受送達者の所在が客観的に不明であると合理的に判断しうるものである。

 しかるに、本件全証拠を検討しても、保健競売手続きの執行裁判所の担当書記官が、上記の情報を元に、関係官公署に問い合わせたり、あるいは、訴外保証協会に対し補充調査の実施を指示したりして、原告が刑事施設に収容されている可能性について検討した形跡は何ら見あたらない。

 そうすると、本件競売手続きの執行裁判所の担当書記官が、本件競売開始決定及び本件引渡命令の各正本について原告に対して公示送達を行うことが出来ると判断したことは、本件事案の下にあっては、いずれも合理性を欠くものであったと認められるから、原告に対する送達が無効であったことについて、担当書記官に過失があったと言わざるを得ない。

 また、原告が上記のより被った損害の金額は、強制執行の送達を受けていれば保全できたと原告が主張する、本件不動産内に存置されていた各動産の総額(140万円強)までは認められず、本件競売手続きについて弁護士等に依頼する等して対処する機会を得られなかったことに対する精神的苦痛に対する慰謝料としての30万円のみを認める。

 本件では、上記の通り、不動産の強制競売の手続を進めるにあたり、所有者兼債務者である原告に対して公示送達という通知手段を行った書記官の行為が、過失があると認められました。

 この判決でも判示されていますが、「公示送達」というものは、一般的には、裁判所の前に存在する掲示板に、「このような競売手続きを開始する」などの書類を一定期間掲示するだけで債務者にこれが通知されたとみなすという送達方法であり、この方法により実際に受送達者(本件の原告の立場の人)が上記内容を具体的に知ることはほとんどないといえます。

 したがって、裁判・執行手続の公正を図るためにも、「公示送達」というのは、「いかなる手をつくしても全く受送達者の連絡先が判明しない」という場合にのみ利用すべき手段であるといえるでしょう。その意味で、この判決は、公示送達という送達手段を選択するにあたっての書記官の尽くすべき義務を判示している点で、画期的であるといえます。

 強制執行は、執行をうける側が具体的に不利益を被る手続ですので、裁判所としても、できるだけ公示送達ではなく具体的な受送達者の住所または居所等を特定して送達をしようと努力してくれるのが一般だとは思います。ただ、本件のような例もあることですので、仮に違法不当な強制執行を受けている場合には、速やかに弁護士等にご相談して対応することが肝要かと思われます。(強制執行の手続きがまだ進行中で終了前であれば、強制執行中止の申立をすることも考えられます)