今回は、原告(浄土宗所属の寺院)と被告(原告の経営する墓地の一区画に墳墓を所有し、その区画の土地を占有する者)との間の墓地使用契約の解除の効力は認められないものの、墓地使用者である被告は、宗教法人法及び墓地使用規則によって定められた手続きに則って決定された墓地区画整理事業に協力し、原告が指定する移転先区画への墳墓の改葬の承諾をした上、従前の区画を原告に明け渡す義務を負うとした事例をご紹介します。

【東京地裁平成21年10月20日判決】

 原告は、浄土宗に属する宗教法人であり、東京都品川区所在の墓地(以下「本件墓地」という)を経営している。
 被告は、本件墓地の一区画である土地(以下「本件区画」という)に墳墓(以下「本件墳墓」という)を所有し、本件区画を占有している。
 Aは、原告との間で、大正8年12月1日ころ、墓地の使用契約(以下「本件契約」という)を締結し、本件区画に本件墳墓を設置した。Aは、被告の曾祖母であるBの姉であり、現在では、被告が本件契約上のAの地位を承継している。

 原告が定めた専修寺墓地使用規約(以下「本件規約」という)には、「第11条(墓地内等の移転) 墓地の使用者は、専修寺から公用収用等または専修寺の必要による墓地移転、または墓地整備の必要上、墓地内での移転、改葬についての協議の申し入れがあったときは誠意をもってこれに応じ、その後専修寺が以上(ママ)事項につき決定したことを拒むことはできない。」という規定(以下「本件規定」という)がある。
 原告は、遅くとも平成3年頃、本堂、客殿と庫裡を肩書き住所地から本件墓地の所在地に移転することを計画した。
 そして、その建築場所を確保するため、本件墓地の区画整理を行い、本件墓地の範囲を縮小することとした(以下、この事業を「本件区画整理事業」という。)
 原告は、被告に対し、平成20年9月25日の本件弁論準備手続きにおいて、本件契約を解除するとの意思表示(以下「本件解除」という)をした。

 本件の争点は、(1)本件解除の効力、(2)本件契約に基づき、被告において本件墳墓を改葬をする義務が認められるか、(3)墳墓の移転及び改葬の合意の有無、でした。

 判決は、おおむね以下の通り判示しました。

(1) 本件解除の効力について

 本件契約は、寺院と檀徒という特別な関係にある当事者間で締結され、墓地という永続する物を目的とする継続的な契約であって、その性質上、当事者間の信頼関係を基礎とするものであるから、債務不履行によって信頼関係が破壊され、本件契約を継続することが困難であると認められる場合には、本件契約を解除することができると考えられる。
 このことを前提として、本件解除の効力を検討すると以下の通りである。
 原告は、移転先について原告の提案を被告が全て拒んだと主張する。しかし、これは、紛争の当事者が相手方が譲歩しなかったと主張する物に過ぎず、本件契約を継続することを困難とするに足りる事情であるとはいえない。
 次に、原告は、被告が墳墓の移転及び改葬を承諾する代わりに5000万円の支払いを求めたと主張する。しかし、仮に、紛争の当事者が交渉過程で条件の提示をする際に、客観的には過大とみられる要求をしたとしても、それだけでは、本件契約を継続することを困難とするに足りる事情であるとはいえない。
 また、原告は、被告が原告の宗派である浄土宗ではなく、金光教を信仰しており、原告の檀徒でなくなっているにも関わらず、原告との交渉の中で、浄土宗の信仰があることや原告の檀徒であることをことさらに強調するなど、「宗派」を交渉材料として利用したと主張する。

 しかし、被告が実父の葬儀を金光教の典礼に則って行ったこと(弁論の全趣旨)及び被告が実父の焼骨を本件墓地ではない霊園に埋蔵したこと(争いがない)のみを根拠として、被告が原告の檀徒でなくなったと言うことは出来ず、他に、被告が原告の檀徒でなくなったことを裏付ける事実の主張・立証はない。従って、被告が原告の檀徒でなくなったとは認められないから、原告の主張はその前提を欠き、採用できない。

(2) 本件契約に基づく改葬義務の有無

 本件区画整理は、宗教法人である原告が、自らの所有する不動産に変更を加えようとするものであるから、原告は、本件区画整理事業を遂行するために、宗教法人の財産の所有及び維持運用に関して定める法律である宗教法人法の規定に従った手続きを執る必要がある。

 他方で、本件墓地は寺院墓地であって、その性質上、すべての墓地使用者が原告の檀徒であることが予定されているから、墓地使用者は、宗教法人法所定の手続きに則って本件区画整理事業を行うことが決定された場合、この決定に従って本件区画整理事業に協力する義務を負うのであって、原告との間で締結された墓地使用契約に基づく墓地使用権もこのような制約を伴うと考えるのが相当である。
 上記に基づいて本件をみるに、本件では、宗教法人法の定めるところにしたがって、本件区画整理事業の遂行が決定されているといえる。したがって、被告は、本件区画整理事業の定めるところにより、本件区画整理事業に協力し、原告が指定する本件移転先区画への本件墳墓の移転及び改葬の承諾をした上、本件区画を原告に明け渡す義務を負うと言うべきである。

(3)被告は、墓地の管理者は正当の理由がなければ焼骨の埋蔵の求めを拒むことはできないと定める墓埋法(墓地、埋葬等に関する法律)13条を根拠として、原告がすでに埋蔵された焼骨の収去を求めることは出来ない旨を主張する。
 しかし、本件では、本件区画からは移動しなければならないとはいうものの、別の区画に埋蔵することを原告は提案しているのだから、墓埋法13条の趣旨には反しないというべきである。
 被告は、本件区画整理事業にはその必要性がない上、被告に対する説明もなされておらず、また、移転先の選定基準についても説明がされていないと主張する。
 しかし、本件の事実経緯から、本堂などの建て替えを行う必要性があることは明らかであるから、被告の上記主張は採用できない。

 そのほか、被告は、原告の本件区画整理事業が信義誠実の原則に反して無効だとの主張もしましたが、認められませんでした。

 本件は、浄土宗に所属する宗教法人(寺院)と檀徒との軋轢が訴訟にまで発展した事案です。

 墓地の使用契約(「本件契約」)は、通常の建物賃貸借と比して期間が相当長期に及ぶ点が特徴かと思われますが、判決では、通常の賃貸借の場合と同様、「信頼関係破壊理論」のようなものがあてはまるとの見解をとるようです。(上記(1)第一段落ご参照)
 その上で、被告が主張する原告の「不誠実な態度」はいずれも、原告と被告との契約上の信頼関係を破壊するに至らない事情だと判断したという判決であるといえるでしょう。

 また、原告の寺院は、あくまで原告の使用する墓の「移転」を求めただけであって、完全な「区画の利用拒絶」をしたわけではない(墳墓を何らかの形で利用するという見地からは、被告に損害は与えていない)ことも、原告側に有利な事情であったといえるでしょう。
 通常の賃貸借契約の解除の事例でもときどきありますが、特に明け渡しを請求するについての正当事由が不足の場合には、賃貸人が賃借人に対して引っ越し先の紹介をすることがあります(これにより、正当事由を基礎づける事情が一つ増えることになります)。本件の原告寺院も、これにならって、「お墓の引っ越し先」を確保しようと発想したのかもしれませんね。

弁護士 吉村亮子