今回も、前回に引き続き、賃料不払いを原因とする解除の事例について判示した裁判例を概観し、分析したいと思います。

【最高裁判所昭和56年6月16日判決】

 本件の事案は、おおよそ以下のようです。

 Aは、Bに対して、いずれも木造建物所有目的で、A所有の本件土地の一部を昭和14年11月11日に、本件土地の他の部分を昭和15年2月17日に賃貸し(以下、これらを併せて、本件賃貸借契約という。なお、本件賃貸借契約には、賃料を1回でも怠ったときは催告をしないで解除することができる旨の特約があった。)Bはこれらの土地上に本件各建物を建築所有し、これらを第三者に賃貸していた。
 Aは昭和16年12月14日死亡し、家督相続によりX(以下「原告」という)が本件土地と土地賃貸人の地位を承継しました。Bは昭和20年7月26日死亡し、Y(以下「被告」という)が相続により本件各建物と土地賃借人の地位を承継しました。
本件土地の賃料(月額。以下、別段の断りがない限り同じ)は昭和30年7月当時、3450円でした。
原告は同月30日、被告に対し、同年8月1日以降の賃料を月額1万0242円に増額する旨の意思表示をしましたが、被告はこれを支払わず、昭和37年6月25日に至って昭和32年8月分から昭和34年12月分までの月額3500円の割合による賃料と昭和35年1月分から昭和37年6月分までの月額3500円の割合による賃料を一時に供託し、その後も月額6500円ないし7000円の割合による賃料を供託しているにすぎないので、原告は、約定に基づきあらかじめ催告することなく昭和43年1月31日送達した本件訴状をもって被告に対し上記賃料支払債務の不履行を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしました。
 被告は原告に対し、本件各建物の収去による本件土地の明渡しを訴求しました。これに対し、被告は、昭和32年8月末に解除権が発生したとしても昭和42年8月末日に時効消滅しているなどと主張しました。
  文章だけだとやや把握しづらいと思われるので、以下に、本件の事実関係を時系列で示してみました。

(時系列)

・昭和30年7月1日当時、賃料3450円(この時点では賃料不払いなし)

・昭和30年7月30日 原告から被告へ、賃料1万0242円へ増額の意思表示

ただし、この時点から被告はこれを不払い

(被告、賃料の不払いを継続)

(昭和32年8月末日・・・無催告解除特約によると、この時点で解除権発生)

(被告、賃料の不払いを継続)

・昭和37年6月25日 被告、以下の期間の賃料を供託

昭和32年8月~ 昭和34年12月 月額3500円

昭和34年12月~昭和37年6月 月額3500円

(その後、被告は、本来の期限には遅れつつも、月額6500円~7000円の賃料を供託し続けた)

・昭和42年8月末日・・・被告はこの時点で解除権は時効消滅したと主張

・昭和43年1月31日 原告から被告へ、賃貸借契約解除の意思表示

 本事案について、裁判所の判断は、以下のように分かれました。
 第一審判決は、昭和35年12月末日の請求により時効が中断したとして、原告の請求を認容しました。
 上告審(最高裁判所)は、次のとおり判示して、原判決中、原告の明け渡し請求に関する部分等を破棄し、同部分を原審に差し戻しました。(なお、上告審では、賃料のことを「地代」と称しています)「賃貸借契約の解除権は、その行使により当事者間の契約関係の解消という法律効果を発生せしめる形成権であるから、その消滅時効については民法167条が適用され、その権利を行使することができる時から10年を経過したときは時効によって消滅すると解するのが相当であるが、本件では、原告の契約解除理由は、昭和32年8月以降昭和43年1月までの地代支払債務の不履行を理由とするものであるところ、被告の右長期間の地代不払の不履行は、ほぼ同一以上の下において時間的に継続されたという関係にあり、原告は、これを一括して1個の解除原因にあたるものとして解除権を行使していると解するのが相当である。したがって、たとえ1回でも地代の不払いがあったときは催告を要さずただちに解除することができる旨の特約があったとしても、最初の地代の不払いがあった時から直ちに右長期間の地代支払債務の不履行を原因とする解除権について消滅時効が進行するものではなく、最終支払期日が経過したときから進行するものと解するのが相当である。」

 最高裁判所の結論によれば、賃貸借契約の解除の権利は「最終支払期日が経過したときから消滅時効が進行する」ということであり、本件の賃借人である被告は、賃料を支払っていたとはいうものの、昭和37年以降は常に期限に遅滞がちだったというのですから、本件では、原告が賃貸借契約の解除の意思表示をした昭和43年1月31日時点では、賃貸借契約の解除権はいまだ時効消滅していなかったということになります。

 本件は、いったん解除事由が発生した時点(昭和32年8月末日時点)から、実際に解除の意思表示がなされる時点(昭和43年1月31日時点)までに相当長い時間が空いてしまったという、やや珍しい例ですが、このような例においても、賃貸人は解除権を失わないという判断をしました。賃借人にはやや酷かとも思われますが、賃借人の賃料の遅滞が常態化していたことが重くみられた結果ともいえるでしょう。

 本件は賃貸人に有利な判断がなされたという意味では、賃貸人にとってはよいニュースといえるでしょうが、解除を行う賃貸人の側としては、できれば消滅時効などの争点が出てくるほどの年月が経過する前に、早めに解除権を行使して、解除について疑義をなくすようにしたいところです。

弁護士 吉村亮子