今般、大阪高等裁判所において、不動産賃貸借契約において定められていた「更新料」が消費者契約法10条に照らして無効だとする判断が示されました。(大阪高裁平成21年8月27日判決)
 主に建物の賃貸借において、契約の更新の際にいわゆる「更新料」を徴収することは、特に東京や大阪などの大都市圏では、さほど特殊なことではなく、更新料の徴収はむしろ慣習化しているという側面もあったため、上記の判例は広く議論を呼びました。東京においても、賃貸物件のオーナー様や不動産関係の方々を中心に「更新料について今後どのように考えたらよいのか」という疑問が多く出されました。

 今回は、議論のきっかけとなった判例である大阪高等裁判所平成21年8月27日判決をご紹介したいと思います。

【大阪高等裁判所平成21年8月27日判決】

 上記判例の事案は、大要以下のようです。

 控訴人(以下「賃借人」という)は、被控訴人(以下「賃貸人」という)から、本件建物(住宅用不動産)を、以下の条件で賃借していました。(最初の契約締結は平成12年8月15日ころ、その後契約は5回更新され、その更新のたびに、下記の更新料は計5回支払われました)

月額賃料  4万5000円
賃貸期間  1年間(以後1年更新)
礼金    6万円
更新料   10万円

 賃貸人と賃借人の間の上記賃貸借契約は、平成18年10月28日、賃借人が賃貸借契約解約通知書を提出し、同年11月30日に本件賃貸借契約を解約する旨の申し入れをし、同日、本件物件を明け渡した。
その後、賃借人は、賃貸人に対し、過去に支払った更新料の返還を求めて提訴しました。

判決は、更新料の法的性質として賃貸人側が挙げた①賃貸人による更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)、②賃借権強化の対価、③賃料の補充の各要素について、以下のように判示しています。

1 ①「更新拒絶権の対価」

 →もっぱら他人に賃貸する目的で建設された居住用物件の賃貸借契約においては、もともと賃貸人は、賃貸収入を期待して賃貸借契約を締結しているものであり、賃借人も、更新拒絶があり得ることは予測していない。したがって、仮に賃貸人が更新拒絶をしたとしても、明渡を請求するについて正当事由があると認められる場合でなければ、建物賃貸借契約の更新拒絶をすることが出来ないところ、賃貸人の自己使用の必要性は乏しいことが多いと思われるため通常は更新拒絶の正当事由は認められにくいから、「更新料が一般的に賃貸人による更新拒絶権の対価の性質を持つと説明することは、困難」とした。

 →加えて、本件賃貸借契約については、「更新拒絶権の放棄の対価」の意思表示は、賃貸人から明示的にはなされていない。

→ただし、現実に更新拒絶の正当事由(少なくともそれに該当すると契約当事者が考えるのも無理からぬ事由)が存在すれば、その後の更新料の支払いが、更新拒絶権放棄の対価と評価できる場合もあり得ないではない。

(もっとも、本件においてこのような事情はない、として、本件の判断としては更新拒絶権を否定)

2 ②「賃借権の強化」

→確かに、賃貸人と賃借人の間で更新料が授受されることにより賃貸借契約の「合意更新」が行われ、更新後も期間の定めのある賃貸借契約となるとすれば、賃借人は、契約期間の満了までは明け渡しを求められることはない。これに対し、法定更新の場合には、更新後の賃貸借契約は、期限の定めのないものとなり(借地借家法26条1項)、賃貸人は正当事由があるかぎり、いつでも解約を申し入れることができることとなるから、抽象的には、その限度で賃借人の立場は不安定なものとなる。・・・(中略)このような点をみれば、一見すると、本件賃貸借契約における更新料は、賃借権強化の性質を有すると見えなくもない。

→しかし、本件賃貸借契約は、契約期間が1年間という借地借家法上認められる最短期間であって、合意更新により解約申し入れが制限されることにより賃借権が強化される程度はほとんど無視して良いほど小さい。また、前述の更新拒絶の場合と同様に、本件賃貸借契約のようにもっぱら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては、通常は賃貸人からの解約申し入れの正当事由は認められないと考えられる。

→したがって、本件更新料を評して賃借権強化の対価として説明することも、難しいというべきである。

→なお、この場合も、更新拒絶の正当事由(少なくとも、契約当事者がそれがあると考えるのも無理からぬ事由)があるとして更新拒絶権が行使され、あるいは、将来解約申し入れの正当事由(少なくとも契約当事者がそれがあると考えるのも無理からぬ事由)が発生すると契約当事者が予測して更新料が支払われた場合には、それが賃借権強化の対価として理解する余地がないではない(ただし、本件ではこのような事情は認められない)

3 ③賃料の補充の性質について

→本件賃貸借契約においては、更新料は、「契約更新がされたときにのみ」支払われるとされており、契約が更新されないときに授受されることはないから、後払いの賃料という性質を有しないのは当然である。また、本件では、更新が繰り返されても、あるいは事情の変化があっても、更新料は10万円という定額のままで、家賃の増減と連動することはなく、現実に更新後本件賃貸借契約が1年の期間途中で終了した場合でも、全く精算されない扱いとなっている。この点からみても、本件更新料の性質を前払賃料として説明することは困難である。

→賃貸人は、賃借人の側でも、説明を受けて更新料を更新の際に負担する返還義務のない金員であることを理解し、更新料を含む全経済的負担を算定しているから、更新料を使用収益の対価として把握していると、賃貸人は主張する。

 確かに、本件賃貸借契約を締結するにあたり、更新料についての記載のある重要事項説明書に基づいて説明を受けた上で、賃借人は契約を締結しているのであるから、賃借人も、本件更新料が賃料とともに全体として本件物件の使用収益に伴う賃借人の経済的な出費となると認識していたと推認する余地がなくもない。

 しかし、本件賃貸借契約の契約書には、単に更新時の更新料の支払い義務が定めてあるだけで、本件更新料がどのような性質のものかは一切書かれていない。(本件敷金については、契約書の該当箇所においては、その授受の目的、性質、授受の効果がはっきりと明示されているのと際だった違いを示している)事実上も、賃貸人側から賃借人側に対して、本件更新料の性質等について説明したという事情は伺われない。・・・(中略)・・・従って、本件賃貸借契約の当事者である賃貸人・賃借人の双方に、特に賃借人側には、本件更新料は単に契約更新時に支払われる金銭という以上の認識はなかったと推認するほかない。

 →結局、本件で授受された更新料は、「法律的には容易に説明することが困難で、対価性の乏しい給付というほかはない」。

4 本件更新料約定の消費者契約法10条全段への該当性

→ 本件更新契約は、契約内容を従来通りとするものの、契約期間を新たに定めた以上、は、消費者契約法の適用関係では新たな賃貸借とみるほかはないから、消費者契約法の適用を受ける。

→ 本件の賃借人は、(消費者契約法にいう)「消費者」、賃貸人は「事業者」にあたるから、本件賃貸借契約は「消費者契約」である。また、民法601条によれば、賃借人が賃料以外の金銭(更新料)の支払義務を負うことは、賃貸借契約の基本的内容には含まれない。そして前記の認定のとおり、本件更新料は、更新の際に支払われる対価性の乏しい給付というべきであるから、本件更新料の約定は、民法の任意規定の適用される場合に比して賃借人の義務を加重する契約である。

 したがって、本件更新料の約定は、消費者契約法10条前段に該当する。

5 本件更新料約定の消費者契約法10条後段該当性

 本件更新料約定が「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの(消費者契約法10条後段)に該当するか。
同条項に該当するか否かは、諸般の事情を総合考慮し、あくまでも消費者契約法の見地から、信義則に反して消費者の利益が一方的に害されているかどうかを判断すべきである。
そこで、本件更新料の約定をみると、更新料の金額は10万円であり、月払いの賃料の金額(4万5000円)と対比するとかなり高額であり、これを負担する賃借人とっては大きな経済的負担となることは明らかである。
また、上記の通り、本件更新料の場合、更新拒絶権放棄の対価、賃借権強化の対価、賃料の補充の性質のいずれも認められない。
消費者契約法が立法された下で、改めて・・・本件更新料約定を見直してみると、この約款は、客観的には、賃借人となろうとする人が様々な部権を比較して選ぶ際に主として月払いの賃料の金額に着目する点に乗じ、直ちに賃料を意味しない更新料という用語を用いることにより、賃借人の経済的な出えんが少ないかのような印象を与えて契約締結を誘引する役割を果たすものでしかないと言われてもやむを得ないと思われる。

また、業として不動産業を営む賃貸人と、単に居宅の用に供する目的で本件建物を賃貸した賃貸人との間では、情報力の格差があることも明白であり、本件更新料の約定は、賃貸人が、かかる情報力の格差を利用して、賃借人をして借地借家法の強行規定から目をそらさせる面があると言われてもやむを得ない。

 契約条項の明確性についてみても、賃借人は、重要事項説明と本件契約条項を示され、借地借家法上の強行規定の存在について十分認識することができないまま、当初本件賃貸借契約を締結し、本件更新契約締結に至っており、本件更新契約締結時に本件更新料約定が効力を生ずる場合と法定更新がされた場合その他の取引条件とを自由に比較考量する機会は十分には与えられていないから、実質的に対等にまた事由に取引条件の有利、不利を検討したということはできない。

 以上の検討の結果によれば、本件更新料約定の下では、それがない場合を比べて賃借人に無視できないかなり大きな経済的負担が生じるのに、本件更新料約定は、賃借人が負う金銭的対価に見合う合理的根拠は見いだせず、むしろ一見低い月額賃料額を明示して賃借人を誘引する効果があること、賃貸人と賃借人との間においては情報収集力に大きな格差があったのに、本件更新料約定は、客観的には情報収集力の乏しい賃借人から借地借家法の強行規定の存在から目をそらせる役割を果たしており、この点で、賃借人は実質的に対等にまた自由に取引条件を検討できないまま当初本件賃貸借契約を締結し、さらに本件賃貸借契約に至ったとも評価することができる。
 このような諸点を総合して考えると、本件更新料約定は、「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」ということができる。

 以上の通りであるから、本件賃貸借得契約に定められた本件更新料約定は、消費者契約法10条に違反し、無効であるというべきである。
 したがって、賃借人が平成14年から平成17年までの毎月8月末の更新時期とされる時期に賃貸人に支払った毎回10万円の合計40万円の更新料は、法律上の原因なくして支払われたと言わなければならない。

 ・・・以上が、判例の概要でした。詳しく引用したので、やや長くなってしまい申し訳ありません。

 さて、この判決の意味するところ(およそ更新料と名のつく金銭の授受自体をすべて禁じたものなのか、それとも、更新料であっても有効とされうるものがあるのか)について、検討したいと思いますが、紙幅の関係で、詳しくは次回以降に論じたいと思います。結論を先に述べておくと、上記判例の考え方によっても、なお有効となる更新料もあると考えられます。

 詳しくは、次回以降に論じていきます。

 弁護士 吉村亮子