賃貸人からの賃貸借契約の解約申し入れには「正当事由」が必要であることは、前々回のブログ(平成22年2月22日、吉村の掲載分)でもご紹介したとおりです(借地借家法28条)。

 今回も、前回に続き、裁判例において「正当事由」がないとされて明け渡しが認められなかった事案について概観していきたいと思います。

【東京地裁平成17年9月27日判決】

 本件の概要は、おおむね以下のようです。

 本件で賃貸の目的となっている土地(「本件土地」)の賃貸人(原告)は、本件土地を含む借地等を管理する会社であり、原告を構成している株主は、本件借地等の共有者ら(先代であるD男の相続人及びその相続人ら。すなわち、原告は、一族の不動産を管理する同族会社のようなもの)である。
 本件土地の賃借人(被告)は、本件土地上に存在する建物を、代表者を同じくするA商事に賃貸し、同社が同建物において、従業員を雇用して焼鳥屋を営み、現在も営業を継続している。
 賃貸人である原告は、①共有者の一人であるE男が行う婦人用品業を本件土地上で行う必要があることを自己使用の必要性としてあげ、また、本件土地の再開発の必要性についても正当事由の根拠として挙げて、被告に対して本件土地の明け渡しを請求した。

 判決は、①の婦人用品業については、「D男を除く他の共有者らが何らかの利害関係を持もって関与していると認めるに足りる証拠はな」いとして、この事情は「更新拒絶において必要とされる自己使用の必要性としては乏しい」としました。
 また②の再開発の必要性については、「更新拒絶の時点においては未だ具体化したものではなく、原告の希望というにとどま」ると判示して、これも賃貸借契約の更新拒絶にあたっての正当事由とは認められないと判断しました。

 一方、被告には、本件土地の使用の必要性が認められるが、本件の裁判において、原告との間の賃貸借契約の継続による負担を考慮して、「本件土地を原告に明け渡すという内容の和解による解決を強く望んでいた」ことが認められるから、被告の本件土地使用の必要性も「それほど切実なものがあるとまではいえない」が、原告に被告を上回る(本件土地使用の)必要性があるとはさらに認めがたいとしました。

 本件で、原告は、立退料6308万円という、比較的高額と思われる立退料を提示したのですが、「被告において、仮に(上記立退料を受領したとしても)本件土地に代わるような土地を見つけることは非常に困難であることを考え併せると、本件において、原告主張の立退料により正当事由を補完することはできない」として、原告の明渡請求を棄却しました。

 この判決は、原告が(同族会社とはいえ)不動産の管理を業として行っている会社であり、被告も、被告本人が経営する会社(焼鳥屋経営)であり、事業者であるという点で、いってみれば「事業者(プロ)対事業者(プロ)」の争いであった点に注目されます。
特に業として不動産業を営む者が、個人である賃借人に対して明け渡しを求める場合には、(一般的には)賃借人=弱者であるとの図式が成立するため、裁判例としても「正当事由」の有無をより厳格に判断し、明渡しを認めないものも多いように見受けられます。

しかし、本判決は、事業者が事業者に対して明渡しを求める事案であったこと、相当の立退料の提供があったと思われること、を考えれば、必ずしも「類型的な意味で」賃借人の方をより優遇すべきだという事案ではなかったようにも考えられますが、判決はどうして「明け渡しを認めない」という結論に至ったのでしょうか。

もちろん、「正当事由」という要件のもとに、賃貸人と賃借人の本件建物の利用の必要性を考量したうえ、後者がより必要性が高いから、という判断がなされたから、というのが理由ではありましょう。ただ、たとえば、過去の判例でもよく認められているとおり、「代替物件の提供」があれば、賃貸人側が正当事由を補強する大きな根拠となったと思われます。

特に、建物明渡しなど、過去の判例の蓄積が多い分野については、交渉・調停・裁判に臨む際には、過去の裁判例で考慮された要素を十分検討するか、これを検討してくれる代理人に依頼するのが望ましいといえます。

弁護士 吉村亮子