1 労働者の真のお客様は誰か
会社のお客様は、労働者にとっても大事な顧客ですが、もうひとり、忘れてはならない大事なお客様がいます。それは雇用主である会社です。
顧客満足の実現は、マーケティングの基本中の基本ですが、この大事な原点が最も忘れられているのは労働市場だと思います。日本中の労働者のほとんどが、勤めている会社を自分の大事なお客様だと認識していないようです。労働市場において、労働者は“労働力の売り手”、雇用主である企業は労働力の“買い手”です。これは労働経済学の教科書を紐解くまでもなく歴然とした事実です。
したがって、企業経営者は、この真理をしつこいくらいに労働者に伝えていく必要があると思います。
職場では、雇用主と従業員、上司と部下との関係で指揮命令系統が発生します。そして、多くの労働者は、この「服従」に対する対価が賃金だと考えているふしがあります。確かに、職場の指揮命令系統は、職場には欠かせない要素だと思います。しかし、実は本質ではありません。労働者と雇用主の関係は、指揮命令にあるのではなく、労働力の売り手と買い手であるという関係が本質です。雇用主は、命令したいから雇用するのではなく、労働力を購入するために雇用しているからです。そして、購入した労働力を事業活動に沿うように利用する必要があります。そこで、指揮命令関係が発生するわけです。つまり、指揮命令関係は、労働力の購入からくる派生原理なんですね。この事実は、雇用主ではなく、「上司と部下」の関係を見ればさらに鮮明になります。上司は雇用主ではありません。でも、指揮命令権を行使しますね。これはどうしてかというと、購入した労働力を効率よく用いるための権限委譲なんです。
この基本的なメカニズムについて、御社の人事部は、徹底的に職員の頭の中にすりこむべきです。
2 雇用の安定で労働者は幸福になれるのか
もっとも、他方で雇用契約は、ある種の社会保障制度になっているという側面もあるのも事実です。労働力を売る労働者である前に、ひとりの人間として人間らしい生活を営む権利があります。「あなたは使えないからいりません。辞めてください」では、労働者は生活に困ってしまう。そこで、労働基準法を含む労働関係法が一定の法的保護を与えていることは皆さんもご承知のとおりです。
では、法律で保護されてクビにならなければ労働者は本当に幸福なのでしょうか?雇用は安定するかもしれませんが、本当にそれでよいのでしょうか?
安定雇用に安住し、自己の労働力の価値に磨きをかけることを怠った労働者の人生は概ね次のようになります。
・給料が上がらない。20代のうちならともかく、30代になっても40代になっても上がらない。しかし、歳をとれば必要なお金も増えていく。子供の養育費、学校や塾の学費もかかるのに、給料が上がらないから生活はどんどん苦しくなる。家族の数も増えたのでもう少し広いところに引っ越したいが、やっぱりお金がない。
・景気が悪ければボーナスはほとんど支給されない。どうやら自分のような職員に支給する余裕などないらしい。景気がよくても結果はあまり変わらない。雇用主は、優秀な人材にずいぶん高額なボーナスを支給しているようだ。自分のような職員に支払うお金があったら、その分優秀な職員に多く払いたいということなのだろう。
・職場で周囲から尊敬されない。というか、むしろ、軽蔑されているように感じる。「あの人、いい大学出てるらしいけど、仕事できないのよねえ」とか、「ルックスは悪くないんだけど、ミスばかりしていつも上司に叱られてるみたい」などと噂されているようだ。だから、異性にももてない。社内恋愛は無理のようだから、合コンに励むしかない。合コンなら仕事できないことバレないしな…。
・職場だけではなく、自宅に帰っても軽蔑されているようだ。何年経っても給料が上がらないので、女房は、「結婚相手を間違えたかも」と思っているふしがある。「亭主元気で留守がいい」というのもそういうことか。大した稼ぎもないくせに、家に帰ってくるな。そんな暇があったら、もっと働け、ということなのだろう。何のために仕事しているのか分からなくなってきた…。
3 できる上司
これに対し、自分の商品価値を高めることに日々努力している労働者は、「雇用の安定」とは無縁です。なぜならば、景気の善し悪しにかかわらず、いつの時代も引っ張りだこだからです。彼(彼女)が求めているのは、安定ではなく挑戦への機会なのです。
そもそも、どんなに景気が悪くなっても、地上から企業が消失したことなんてないんですね。雇用主である会社が倒産しても関係ないです。すぐに転職先見つかりますから。そういえば、山一証券が倒産したとき、そこで働いていた私の友人は、すぐに某都市銀行への就職がきまりました。証券アナリストの資格を持つ有能な証券マンでしたからね。まあ、この世から企業が全部なくなったら話は別ですけど。
職場でも、もてますよ。ちょっと脱線しますが、そう言えば、私が昔やった事件でこんなのがありました。40代の男性上司が20代の若い女性部下と不倫。私は、女性部下の夫の代理人として、不倫相手の上司に慰謝料を請求したんですが、上場企業の管理職でもあったので、900万円もふんだくってやりましたよ。慰謝料の相場はせいぜい200万円程度なのに。もともと、不倫発覚の経緯は、女性の油断にあります。仕事ができて尊敬できる上司がいることを夫に話したことがあるそうなんですね。そこで、私の依頼者は、「うちの女房、あの上司とあやしいぞ…」となったわけです。うっかり口に出してしまうほど、魅力的な男性だったんでしょうかねえ。依頼者も900万円取れて大喜びでしたが、敵方であるその上司からもお礼の連絡をいただきました。「いや~、先生のおかげです。これで私の家庭を崩壊させずにすみました」ですって。他人の家庭は崩壊させてるのにねえ。
そうすると、この男性の場合、①仕事ができるので職場でも女性にもてる、②20代の女性部下と火遊びを楽しんだのに、ちゃっかり自分の家庭は守りきった、ということになります。
以上からわかると思いますが、仕事ができるのとできないのとでは、こうも人生が違うんですよ(ちなみに、私は不倫を勧めているわけではないので念のため)。
この話を御社の職員に聞かせてあげてください。顧客である会社を満足させた労働者が、結局一番幸せなんです。
4 労働者もマーケティング思考を!
さて、顧客(雇用主)満足をはかれる有能な労働者になるために、みなさんに是非とも身につけていただきたいのが、“マーケティング思考”です。マーケティング戦略を立案する場合の考え方として、通常、Product(商品)、Price(価格)、Place (立地)、Promotion(販売促進)に分解して考えます(これを、それぞれの頭文字をとって4Pと言います)。これがマーケティング戦略の思考ツールで有名な“マーケティング・ミックス”です。
労働者(売り手)が買い手である雇用主の満足度を高めるためには、立地は関係ないと思いますので、3P(Product,Price,Promotion)で考えれば十分でしょう。
この場合のProductはみなさんの労働力になります。何ができるのか、どれだけ貢献できるのか、がここでは問われます。よく職員の中にやりたいことを優先する人がいますが、これは原則として間違っています。皆さんの商品価値は、やりたいことではなく、雇用主に対して最も貢献できることで値打ちが決まってくるからです。皆さんは、やりたいことができれば満足かもしれませんが、その結果、生産性が下がれば雇用主は不満です。まず満足させなければならない対象は、顧客であって売り手ではありません。これを勘違いすると、本末転倒になります。売り手は基本的に対価(皆さんの場合であれば給料)で満足すべきなのです。
次に、Priceは皆さんの給料です。そして、このPriceは、先のProductと密接な関係があります。皆さんの労働力(Product)をお金に換算したのが給料(Price)ですから、この両者は釣り合っていなければなりません。もし、皆さんの中に労働力の割に給料が高い人がいたら、先の労働力の価値を上げるか、給料を下げるかしなければ、仕事と給料が釣り合わなくなり、顧客(雇用主)の不満は募ります。では、釣り合いがとれているかどうかを知る方法はあるのでしょうか。あります。それは市場の相場です。つまり、皆さんと同じ仕事をしている人たちがどのくらいの給料で働いているかです。皆さんが自分の労働力を月給30万円相当だと評価しても、皆さんと同じ労働力を月給20万円で提供してくれる人が大勢いるなら、月給20万円の価値しかないんです。なので、他人よりも高い給料を欲しいと思うのであれば、他人とは違う特別な貢献ができるだけの商品価値(労働力)を身につけないといけません。
最後に、Promotionですが、これができない労働者が非常に多いことに驚きます。販売促進とは、企業でいれば、営業活動、広告活動を意味します。では、労働者が雇用主に対して行う営業って、一体何でしょうか。それは、皆さんが最も雇用主に対して貢献できる能力、技術、経験を雇用主に伝えることです。「うちの社長は、人の使い方が下手だな。別の部署に俺を異動すれば、売上が倍増するのに」と思うのであれば、すぐにでもそれを伝えるべきです。私なら明日にでも配置転換ですね。くどいようですが、ここで重要なのは、皆さんがやりたいことを伝えるのではなく、会社に対して貢献できることを伝えることです。満足させるべき対象は、あくまでも顧客(雇用主)ですから。
このように、マーケティング・ミックスに分解して考えると、自分の商品価値に磨きをかけているか(Product)、もらっている給料は仕事の内容に照らしてリーズナブルか(Price)、自分の貢献できる分野を雇用主にアピールできているか(Promotion)、検討しなければならない課題が少なくないことに気づくはずです。