皆様、こんにちは。
1 イントロ
前回に引き続き、退職金のお話です。今回は早期退職制度に関連した事例をご紹介いたします。
2 割増退職金
定年が定められている会社で、定年前に退職する際に、本人の希望で定年扱いにして割増退職金を支払うといった制度が設けられることがあります。選択定年制と呼ばれます。
このような制度を設ける理由は、人材の流動化を促進するという点にあると考えられます。退職を検討している人にとって、大きな心配事は退職後の生活にあります。これに対して、会社としては、多少退職金が割高になっても、在職する意志がない人に定年までいられるよりは、意欲のある人と入れ替えたい、という発想があって、それは合理的なものであると思われます。
ところが、割増退職金が出るからということで、従業員から早期退職を申し入れたところ、会社が拒否した場合には、その人たちは退職することができないのでしょうか?
3 神奈川信用農業協同組合事件
(1) 標記の事件は、2で説明したような選択定年制を採っている会社において、早期退職の申し出をしたところ、折しも経営状況の悪化から、定年選択制を廃止することになり、他の従業員と同様に解雇されてしまったという事案です。
最高裁は、本件の選択定年制が会社の承認を必要とする内容であったことから、会社からの承認を得られていない以上、割増退職金が発生する前提となる退職の効果自体が発生する余地がない、との判断を示しています(平成19年1月18日第一小法廷判決)。
(2) それでは、退職したくても退職ができないのではないか、という疑問が生じるところですが、最高裁は、割増退職金自体は早期に退職する代償として特別に付与される利益ととらえており、割増しすること自体について会社からの承認を得られていなくても、退職自体の承諾が得られていれば退職できるのであるから、退職の自由を制限されていることにはならない、と考えております。
本件の場合は、会社が従業員を全員解雇せざるを得ないような差し迫った状態にあることから、2で述べたように人材の流動性を促進するといった場面ではないといえます。むしろ、割増しで退職金を払ってしまうと、解雇される他の従業員との格差について合理的な説明をつけることが困難となるでしょう。少し時期がずれただけで扱いが大きく異なっている、という不公平感を払拭するのは大変だと思います。
(3) 他方、合理的な理由を示さずに承認を拒否してしまった場合には、従業員側からどのような理由付けで割増退職金を請求されるのでしょうか。
一つは、承認があったことにしてしまう、という考え方が挙げられます。しかし、承認があったことにしてよいという根拠がないと、難しいのではないかと思います。本件の高裁判決では選択定年制による退職の効果を認めていますが、最高裁判例ではこの考え方を採用しているとは読めません(本件において承認をするに際して特段の制限は設けられていない、としていますので)。
もう一つは、割増退職金を支払うと謳って早期退職を募っておきながら不合理な拒否をされたとして、損害賠償請求などをすることが考えられます。ただ、根拠は悩ましいところです。承認していないので債務不履行とまではいえませんし、不法行為というには会社の対応について違法性があることを、原告である従業員側で十分に主張立証しなければなりません。
会社としては、選択定年制を停止ないし廃止する際に、そこに至る経緯を説明し、従業員の理解を得られるようにしておくことが大切です。お金が関わるだけに、事前説明をおざなりにするとそれだけ後々の対応が大変になります。説明をする過程で会社の経営状態や選択定年制を続けない(続けられない)合理的な理由を詰めていくことになるので、仮に訴訟を提起されても反論の準備が整えやすいです(最高裁判決も選択定年制の廃止に至った経緯についてなお書きで触れています。)。
今回もお付き合いいただきありがとうございました。