1 会社側の事情
雇用主である会社と従業員との間で、退職後に会社と競合する事業を行ったり競合他社へ転職することを禁止する競業避止契約が結ばれるケースがしばしば見られます。
会社と従業員との間における、このような競業避止契約は果たして有効なのでしょうか。
まず、前提として押さえておきたいのは、その従業員の在職中に限定して競業避止義務を負わせる契約は有効である点です。なぜならば、その従業員は、在職中、雇用契約の一環として、雇用主の利益になるように仕事をする義務があるわけで、そのような従業員に競業避止義務を負わせても、従業員にとって格別不利益にはならないからです。判例も同様です(東京リーガルマインド事件・東京地決平成7年10月16日判タ894号73頁、金正食品事件・大阪地判平成15年7月24日)。
問題は、退職後においても、競業避止義務を負わせる契約が有効かどうかです。
まず、会社側の立場で考えてみましょう。たとえ、役員クラスや幹部職員クラスでなくても、会社の内部は秘密の宝庫です。財務情報が一般の従業員に行きわたるということは、通常は考えられないと思いますが、営業情報や顧客情報、さらに人事情報を一般の従業員に知られないようにすることは極めて困難です。これらの情報を従業員に秘していたら仕事にならないでしょう。
しかし、会社の経営者の立場では、これらの情報を競合他社に知られたくないと考えるのは不思議ではありません。また、自社の強み・弱みを知り尽くした従業員に独立されて競業行為を行われると、経営上不利な状況に追い込まれてしまう。こちらは辞めた従業員がどのような事業戦略を行うのか知らないのに、その元従業員はこちらの手の内を知り尽くしています。そうすると、競業行為を行われると自社のほうが不利な立場に立たされてしまいます。
このような事情から、会社は、その従業員に対して、退職後においても競業避止義務を負わせたいと考える動機を持つことになります。特に、中小企業においては、その経営基盤が必ずしも強固ではないため、そのような動機が強いように思われます。その意味で、このような競業避止契約が締結されるケースが、中小企業に多くみられるのも偶然ではありません。
2 従業員の不利益
しかしながら、退職後まで競業避止義務を負わされることは従業員にとっては、看過しがたい重大な不利益が生じます。
第1に、転職の機会を奪われる点です。会社の利益を保護するために競業避止義務を負わせたいといっても、そのような義務を負わされてしまうと従業員は転職することがほとんど不可能になってしまいます。そうすると、従業員は自己の職業選択の自由を奪われているばかりか、生計を立てることすら困難となってしまい、まさに死活問題です。
第2に、競業避止義務を負わされると言うことは、その従業員は、転職に際し、これまでの職務経験を活かすことができなくなります。全く畑違いの分野に転職すれば競業は生じないかもしれませんが、そうなると転職自体が難しくなりますよね。それだけではありません。御社も即戦力を求めて経験者を中途採用することがあると思います。もし競業避止義務がまかり通るようになると、御社だって経験者を採用することができなくなります。
第3に、在職中は競業避止義務を負わされても、その負担に対する対価として従業員は給与をもらっているわけですから、フェアな関係だと言えます。ところが、退職後においては、従業員の就業義務も消滅し給与ももらえない。それなのに、引き続き競業避止義務を負わされ続けるのは極めてアン・フェアだと言えます。
第4に、そもそも自己に大きな不利益を課す競業避止契約に、自らすすんで合意したいと考える従業員はいないはずです。それなのに、そのような契約を締結する従業員がいるのは、それに合意しないと採用してもらえないと恐れているからです。このように、競業避止契約においては、会社と従業員のバーゲ二ング・パワーの差が歴然としているわけで、とても従業員が自己の自由意思で合意したとは認めがたいという事情が横たわってもいます。
このような理由から、多くの判例が従業員との間における競業避止契約を公序良俗違反として無効だと判断していますので、十分注意してください。前掲の東京リーガルマインド事件や金正食品事件のような比較的最近の判例だけではなく、昭和32年8月28日の広島高裁判決にも同様のものがあり、昭和45年10月23日の奈良地裁判決にも同様のものがあります。
もっとも、判例が競業避止契約の全てを無効だとしているわけではなく、特段の事情がある場合に一定の要件の下にこれを有効とした判例もあるのは事実です。
次回のブログでは、この有効とした判例を紹介したいと思います。