1 不正競争防止法と営業秘密

 法律が明文で企業の営業秘密の保護を図ったのは、そう古い話ではありません。

 平成2年に不正競争防止法が改正されて、営業秘密を保護する規定が置かれるまでは、明文でこれを保護している法律はありませんでした。

 そして、平成2年の改正の時は、内部告発を妨げるのではないかという懸念から、営業秘密の侵害行為に対して罰則を設けることは見送られましたが、平成15年の同法改正で刑事罰が設けられ、さらに平成17年には罰則も強化されるというように進化しています。

2 不正競争防止改正前の法的保護

 もっとも、平成2年に不正競争法が改正されるまで、企業の営業秘密が全く保護されていなかったのかというと、決してそうではありません。
 判例は、民法上の債務不履行(民法415条)又は不法行為(民法709条)に該当するという論法で、営業秘密の保護の余地を認めていました(名古屋地判昭和61年6月29日、東京地判昭和62年3月10日参照)。

 しかし、その保護は、あくまでも侵害者に対して損害賠償責任を負わせるというのが中心でした(ちなみに、損害の立証は必ずしも容易ではなく、前出の名古屋地裁判決は、損害の発生を否定して責任なしとしています)。

 被害を受けている企業としては、できれば違法行為を差し止めたいですよね。実は、民法414条1項本文が、「債務者が任意に債務の履行をしない時は、債権者は、その強制履行を裁判所に請求することができる」と規定していたことから、不正競争防止法改正前でも、差止請求は可能と解されていました(奈良地判昭和45年10月23日)。

 しかし、それには大きな限界がありました。この差止請求権は、あくまでも債務不履行を法的根拠としていたので、契約の相手方にしか主張できなかったのです。例えば、従業員が営業秘密を社外に持ち出して、この情報を第三者に渡し、その第三者がこの営業秘密を自己の業務に利用しても、これを差し止める法的手段がなかったわけですね(東京高決昭和41年9月5日)。

3 不正競争防止法の役割

 不正競争防止法には、次のような重要な役割を持っています。
 第1に、従業員との間で守秘義務契約や秘密保持契約のようなものを締結していなくても、この法律の要件を満たせば、企業の営業秘密が保護される点です。つまり、この法律のお陰で、契約に基づいてではなく、この法律に基づいて保護されるようになったわけです。
 第2に、損害賠償請求権(不正競争防止法4条)だけではなく、差止請求権も明文で認められました(不正競争防止法3条)。これにより、解釈ではなく、明文で差止請求権を有することが認められたのです。
 第3に、これが最も重要な点ですが、直接の契約関係にない第三者に対しても、この差止請求権を行使できるようになった点です。同法は、差止請求の相手方を契約当事者ではなく、「営業秘密保有者」としています。営業秘密を保有している者であれば、契約関係になくてもよいのです。