第1 はじめに
前回までは、債権者の債権が訴訟等により、その存在が公的に確定された後の話をしました。しかし、訴え提起等から、権利が確定するまでには、通常、かなりの時間を要します。そうすると、その間に、債務者が所有財産を他に譲渡するなどして、債権者が訴訟に勝訴しても、債権を満足させうる財産がなくなってしまうという事態にもなりかねません。
そこで、かような不合理な事態を防ぎ、債権者に暫定的に一定の権利を認める制度が民事保全手続です。
第2 各種民事保全手続
民事保全には、保全命令の種類により、①仮差押、②係争物に関する仮処分、③仮の地位を定める仮処分があります。
① 仮差押とは、債権者が債務者に対して有する金銭債権を保全するために、債務者の責任財産に対して保全執行する手続です。
② 係争物に関する仮処分は、債権者が債務者に対して有する特定物についての給付請求権を保全するために、保全執行をする手続です。
③ 仮の地位を定める仮処分は、争いある権利関係を保全するために、暫定的な法律上の地位を定める手続です。
第3 担保
民事保全手続は、その緊急的性格から、被保全権利の存否等を厳格に判断してから、保全命令が発せられるわけではありません。したがって、その保全命令が、事後に不当とされる場合があり、かかる事態に備えて、債務者の予想される損害等に応じて、担保の提供を求められるのが通常です。
そして、担保の額は、次に示すような様々な要素を勘案して決せられます。
1 疎明の程度
民事保全を申し立てるには、被保全債権及び保全の必要性を疎明する必要があります。
そして、これらの疎明の程度が高ければ、担保金の額は下がり、低ければ上がる傾向にあります。
例えば、手形小切手を所持していれば、債権者が本案で勝訴する可能性が極めて高く、それはすなわち債務者に発生する損害の可能性を低下させることになるため、担保額は低く抑えられます。これに対し、契約関係のない不法行為による損害賠償請求権を保全するような場合、債権者が勝訴するとは限らず、担保額は高めとなります。
2 目的財産の種類
目的財産が不動産である場合、仮差押手続等であれば、債務者が使用、収益を継続することができ、その点で債務者の被る損害はなく、担保額は低めに設定できます。
他方、目的財産が商品、預金債権、給料債権、売掛金債権等の場合、債務者の営業や日常生活に多大な影響が及ぶため、被保全債権の存在が否定されたときに、債務者が受ける損害も大きくなる傾向があります。したがって、これらの財産については、担保額は高めとなります。
3 保全命令の種類
仮差押及び係争物に関する仮処分が現状維持によって将来の本執行を保全するのに対し、仮の地位を定める仮処分は本案判決確定までの間、現状を変更して暫定的な法律関係を形成するものです。
したがって、後者の方が債務者に与える影響が大きく、それが担保額に反映する傾向があります。
4 担保額の算定方法
(1) 不動産
目的財産が不動産の場合、その不動産の価額を基準に算定するのが一般ですが、その価額としては、固定資産税課税標準価額、公示価格(地価公示法に基づく価格)、路線価(相続税財産評価の基準となる土地価格)等が使用されます。
(2) 動産
目的財産が動産の場合、取得価額を基準に、耐用年数と使用年数から減価償却して時価を算出する方式が採られます。
(3) 債権
目的財産が債権の場合、券面額を基準とします。ただし、被保全債権の額を限度とするのが通常です。