新卒採用の労働者が自宅待機にされているというニュースが以前ありましたが、最近また、一部の企業においてその期間をさらに延長したというニュースがありました。
 そこで、このような処理をした場合の労働者の賃金の問題について今回は考えて見たいと思います。

 労働者は、原則として、契約した内容の労働を行った後でなければ、その報酬としての賃金を請求することはできません(民法624条)。
 しかし、労働者にとって賃金というのは生活の資本であります。経営が苦しいから休業していてくれ、賃金は払わない、というのでは、生活していくことができなくなってしまいます。
 そこで、労働基準法は、その26条で「使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。」としています。

 問題は、今回のような不景気のためという事情が「使用者の責めに帰すべき事由による休業」に該当するかということです。
 民法上にも規定がないわけではなく、民法536条2項により、使用者の「責めに帰すべき事由」による労働義務の不履行の場合には、労働者は賃金請求権を有することになります。これにも拘らず、労働基準法でさらに規定しているのは、労働者の最低生活の保障を図るためにあります。なお、労働基準法26条に「使用者の責めに帰すべき事由による休業」という条件が入ったのは、不可抗力の場合にまで使用者の義務を広げるのは適当ではないといった配慮からで、このように立法の際に限定したようです。

 そのため、一般には、使用者の故意、過失または信義則上これと同視すべき事由のほか、経営上の障害も天災事変に該当しない限りこれに含まれると考えられています。
 「使用者の責めに帰すべき事由による休業」とは、一般的には機械の検査、原料の不足、流通機構の不円滑による資材入手難、監督官庁の韓国による操業停止、親会社の経営難のための資金・資材の獲得困難などが挙げられています(昭23・6・11基収1998号)。
 以上にかんがみれば、景気が影響しているとはいえ、経営難による休業は、労働基準法26条の「使用者の責めに帰すべき事由による休業」に該当するのではないでしょうか。したがって、使用者は平均賃金の6割の賃金は最低でも支払わなければならないということになります。

 さて、問題は労働基準法26条と民法536条2項の関係です。

 判例によれば、「労働基準法26条が『使用者の責に帰すべき事由』による休業の場合に使用者が平均賃金の六割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制する手段として附加金や罰金の制度が設けられている(同法114条、120条1号参照)のは、右のような事由による休業の場合に、使用者の負担において労働者の生活を右の限度で保障しようとする趣旨によるものであつて、同条項が民法536条2項の適用を排除するものではなく、当該休業の原因が民法536条2項の『債権者の責に帰すべき事由』に該当し、労働者が使用者に対する賃金請求権を失わない場合には、休業手当請求権と賃金請求権とは競合しうる」。「そして、両者が競合した場合は、労働者は賃金額の範囲内においていずれの請求権を行使することもできる。したがつて、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合において、賃金請求権が平均賃金の六割に減縮されるとか、使用者は賃金の支払いに代えて休業手当を支払うべきであるといった」ことにはならないということです(最判昭62・7・17民集41-5-1283)。
 したがって、民法536条2項の「責めに帰すべき事由」にも該当すると、6割という問題は生じず、全額払わなければならなくなります。

 これに不景気による経営難がこれに該当するかでありますが、これについては、文献が見当たらないので裁判になったときにどうなるか、明確にいえませんが、個人的見解としては、やむを得ないものであり、経営者が悪かったとは言えず、該当しないのではないかと考えます。余程、経営方法が悪くて経営難に陥ったことが立証されてしまったという場合は別ですが。

 ですから、結論としましては、私見ではありますが、基本的には、6割の賃金を支払えば、労基法26条の要求水準は満たすこととなりますので、法的な根拠も説明しやすく、問題は起きにくいということになろうかと思います。

弁護士 松木隆佳