1 包括的合意説と契約説
雇用主は従業員に対して配転命令権を持っているか、持っている場合その法的根拠は何か。
この点については、基本的な考え方として、学説上、包括的合意説と契約説の対立があります。
包括的合意説とは、雇用主と従業員との間には、雇用契約時に、その配転命令について、雇用主に委ねるという包括的合意があるという見解です。
これに対し、契約説とは、雇用主は、雇用契約締結時に合意した範囲において配転命令権を行使できるにすぎないという立場です。
前説は、その表現からも分かるように、できるだけ雇用主側の経営上の裁量権を認めようという考え方であるのに対し、後説は逆に従業員の保護を重視し、その配転命令権を制限しようという発想に基づいています。
しかし、この両学説の対立は、現実的にはそれほど異なる結論を導くものではないと解されています。というのは、契約説の立場でも、雇用主の配転命令権について、明示の合意を要求しているわけではなく、結局は契約の解釈次第では、包括的な配転命令権に合意していると解釈できる事案も少なくないと言えるからです。また、多くの企業では、実務上、就業規則や労働協約によって、配転命令権を包括的に行使できる内容の規定を盛り込んでいるのが通常です。
したがって、この学説上の議論は、実務ではあまり実益がないと評価されています。
2 最高裁判例
実務家である弁護士としては、むしろ最高裁の立場に興味があります。有名な東亜ペイント事件に関する最高裁判決を紹介します(最判昭和61年7月14日)。
同最高裁判例は、東亜ペイントにおける以下のような事実関係を認定した上で、「就業規則や労働協約に規定されている配転条項により、企業は、配転命令を出すことができ、労働者はこの命令に拘束される」としました。
最高裁が認定した事実は以下の通り。
・上告会社の労働協約及び就業規則には、…転勤を命ずる規定がある。
・上告会社は、全国に数十カ所の営業所を持ち、従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に実施していた。
・被上告人は、上告会社の営業担当者として入社していた。
・雇用契約時に勤務地を大阪に限定する旨の合意はなかった。
最高裁は、これらの事実関係を踏まえ、上告人の包括的配転命令権を認め、配転のたびに当該従業員の個別的同意は必要ないとしました。