1 合格枠拡大効果
先週、新司法試験の合格発表があり、合格者は2043人にとどまりました。これで来年の2010年に合格者数を3000人にするという当初の目標は達成困難となりました。
最高裁や弁護士会が指摘する質の低下はどのようなメカニズムで生じるのか、私なりに分析してみたいと思います。
まず、筆頭に挙げられるのが合格枠拡大効果です。これは、旧・新司法試験のいずれの場合にも生じる効果です。試験の仕組みが同じでも、合格枠が広がるだけで想像以上に合格しやすい試験に変わります。どういう意味か、具体的に説明します。
私が司法試験を受験し始めた昭和63年は、司法試験合格者はわずか500人でした。合格した平成5年には700人に拡大していました。その後、合格者数は、1000人、1500人と拡大していきました。新司法試験ではなく、旧司法試験の話です。
さて、合格者枠500人で順位100番で合格した人と、合格者枠1000人で順位100番で合格した人とでは、同じ100番でもレベルはかなり違います。
合格者500人枠の場合、501番から1000番の人は不合格ですから、翌年の受験に参加します。したがって、翌年に受験する人たちは、この501番~1000番で不合格となった人たちと、翌年の500人枠という狭き門を競わなければなりません。
しかし、合格枠が1000人になると、この501番~1000番の人たちは、その年に合格できるので翌年の受験には参加しません。合格予備軍として位置づけられる501番~1000番の受験生たちが受験界から退場しているのです。したがって、翌年の受験生は、この501番~1000番の人たちと翌年の合格枠を競う必要がありません。しかも、翌年の合格枠も500人ではなく1000人です。こうして、実力派受験生が加速度的に受験界からどんどん退場していきます。
合格枠500人時代は、実力者がなかなか合格できずに、どんどんボーダーライン付近で滞留していく。このことが司法試験を想像以上に難しくしていました。実力者が滞留していた時代に100番で合格する人と毎年1000人ずつ合格し、実力者がどんどんはけていく状況下で100番で合格する人のレベルが違うというのはそういうことです。
しかも、新司法試験では、現在約2000人が合格するのですから、上位2000番の人が受験界から退場することになるので、どれだけ合格しやすいか想像に難くありません。
2 競争減殺効果
このような合格枠拡大効果のほかに、新司法試験特有の競争減殺効果があります。
第1に、受験資格の制限です。新司法試験では、法科大学院を卒業していないと、受験資格がありません。新司法試験で合格できる実力があっても受験の機会がもらえない。旧司法試験はすごいですよ。中卒でも受験できました。
中卒で合格した人が実際にいたのかどうかは知りませんが、高卒で合格した人はいるそうです。とにかく、参加資格に制限がない。各種の報道にもあるように、優秀であれば誰もが法科大学院に進学できるわけではありません。仕事の都合や家庭の事情で法科大学院への進学をあきらめている人が私の周りにも何人もいます。したがって、この受験資格制限が競争減殺効果を持っていることは疑う余地がありません。
第2に、法科大学院卒業後5年以内に3回までしか受験資格がないという制約です。この回数制限によりベテラン受験生と言われる人たちは生じる余地がありません。新司法試験では、いわゆる受け控えに対する対策も講じられていて、法科大学院卒業後、5年以内に受験しなければなりません。したがって、受験控えできるのは、2回までということになります。5回以上受験している人が普通にいた、10回以上受験している人も珍しくなかった、旧司法試験とはかなり状況が異なります。これも競争減殺効果を持つことは疑問の余地がありません。
以上をまとめると、合格者の質を下げているメカニズムは、次のように整理できます。
1)合格枠拡大効果による実力派受験生の加速度的退場
2)法科大学院卒業者に限定された受験資格による参入障壁
3)5年以内3回という回数制限によるベテラン受験生排除措置
3 質を上げるための施策
私には、合格者数を3000人にしながら、今よりも合格者の質を向上させる秘策があります。あっと驚く秘策ですよ。でも、法科大学院関係者からは激しい抵抗にあう秘策です。
その秘策とは、受験制限を撤廃することです。まず、法科大学院卒業者でなくても受験できる、次に、卒業後何年たっても何回でも受験できるようにすることです。
すなわち、質低下のメカニズムのうち、2)と3)を撤廃するということです。これにより、現状よりもずっと難しい試験になると思います。
それでも、毎年3000人も合格するので合格枠拡大効果は残ります(実は、この効果が大きいんですけどね)。でも、どうしても3000人に合格枠を広げたい、でも一定の質は保ちたいというのであれば、これしかないと思います。
しかし、この案は、法科大学院関係者からすれば、受け入れがたい案です。これを本当にやると、ほとんどの法科大学院が廃業することになるでしょう。
政府は、法科大学院の既得権益を重視するのか、それとも市民のリーガル・サービスへのアクセス障害を除去するという当初の目的を重視するのか、その真意が問われることになるでしょう。