1 岐路に立たされる法科大学院

 今年の新司法試験の合格発表は、最高裁や弁護士会が指摘していた「質低下問題」を裏書きする結果になりました。法務省は、合格者数を2043人にとどめ、2010年合格者3000人目標を事実上放棄したからです。

 前回のブログで、質低下のメカニズムとして、(1)合格枠拡大による実力派受験生の受験界退場効果、(2)法科大学院卒業生に限定した受験資格制限、(3)卒業後5年以内3回までという受験回数制限が働いていることを指摘しました。

 そもそも新司法試験の高い合格率は、法科大学院制度の存続条件でした。発足当初は、「法科大学院に進学すれば、約7割が新司法試験に合格できる」という前評判があったんです。
 ところが、予想以上に法科大学院がたくさんできてしまい、今年の合格率は2割台…。法科大学院に進学したのに法曹になれないなんて、医学部に進学して医者になれないようなものです。今年の受験で3回という回数制限も使い切り、受験資格を剥奪された受験生も約570人に及びます。
 多くの受験生の間で、裏切られた感が蔓延しているのではないでしょうか。
 当初の約束通り、合格率を7割台にする方法は、論理的に次の3つしかありません。

1)合格者数を年間5000人規模にする。
2)法科大学院の数を現在の3分の1以下にする。
3)各法科大学院の定員数を3分の1以下にする。

2 選択肢

 さて、この3つのうち、どれが取り得る選択肢でしょうか。

 1)については、あり得ません。現状の受験人口を考えると、毎年5000人くらい合格させないと、高い合格率を確保できません。しかし、3000人目標も達成できないわけですから、5000人規模なんて論外です。
 2)については、廃校になる法科大学院から激しい抵抗にあるのは必至です。そもそも、法科大学院だって、競争に参加する権利があるはずです。一部の有名大学しか法科大学院を設置できないというのは合理的差別なのでしょうか。これは法律的にもかなり問題がありますよね。
 3)について。これが一番妥当であり、かつ、各法科大学院にとってもフェアです。しかし、これを本当にやったら、採算がとれる法科大学院ってどれだけあるのでしょうか。それを考えると、これもあまり現実できではないのでは。

 上記3つの選択肢を取り得ないとすると、残された道はひとつ。高い合格率を放棄することです。現状はそうなっていますよね。新司法試験の第1回目の合格率が約48%ですから、5割近くの人が合格できました。しかし、2回目は40%台前半に下がり、3回目な30%台に。そして、今年は20%台です。
 そうすると、法科大学院と新司法試験の関係は、こうなります。

 「法科大学院を卒業しても、約8割の人が法曹界に入れない!」

 おそらく、これが真実です。そうすると、法科大学院への進学って、どれだけ魅力があるのでしょうか。大学卒業後、未修者コースだと3年間、既修者コースでも2年間かかります。その上、学費も高い。卒業までに数百万円が飛びます。
 そこまでお金と時間をかけても、8割がなれない…。専門職大学院としては、かなり魅力のない存在ですよね。

3 そもそも論

 そもそも、誰のための司法改革なのでしょうか。
 法科大学院制度を維持することを前提として考えるのは、本末転倒です。法科大学院制度は、優秀な法律家をたくさん社会に輩出して、国民の司法ニーズに応えることだったはず。
 そのためには、年間3000人の合格者が必要だと試算したはず。

 であるならば、3000人合格させればいいじゃありませんか。  3000人合格させながら、一定の質を確保する方法があります。それは、受験制限の撤廃です。旧司法試験と同じように、誰でも受験できるようにする。法科大学院は、行きたい人だけ行けばいい。「そんなことをしたら、誰も法科大学院に行かなくなる!」という意見もあるでしょう。しかし、もし誰も法科大学院に行かなくなったら、結局、法科大学院なんていらないってことじゃないですか。法科大学院に行ったからこそ、合格率が高まる!これが本来の姿ですよね。法科大学院に行っても行かなくても、合否に影響がないとすれば、法科大学院の教育は無価値だということですよ。
 回数制限も撤廃です。5回でも10回でも受験できるようにします。これをやると、既に3回受験を使い切ってしまい、受験資格を失った人たちも資格が復活します。

 これをやると、なぜ合格者の質が維持できるのか。
 それは、受験人口が急激に増加するからです。私が合格した旧司法試験の例を参考に挙げましょう。以前、このブログでも書きましたが、私が司法試験を受験し始めた昭和63年当時、年間合格者数は500人でした。その後、600人、700人と合格枠が少しずつ拡大し、私が合格した平成5年は約700人が合格しました。その後も、旧司法試験は合格枠拡大を繰り返し、最大で1500人くらい合格できる試験になっていました。
 しかし、ここでおもしろい減少が起こっていたのです。合格枠は拡大したのに、合格率はほとんど変わらなかったんです。500人時代も合格率が約2%、1500人時代も約2%…。なぜかというと、合格枠の拡大に比例して、受験人口が急増したからなんです。
 500人時代の受験生は、約2万5000人でした。ところが、合格枠が1500人になると、受験人口が約5万人に膨れあがったんです。合格枠が広がると、「合格しやすい試験になった」という認識が広がって、新規参入が急激に増えるんです。

 年間合格者を3000人にする。しかし、受験制限は行わない。
 これをやると、ものすごい受験人口の増加を見込めます。その結果、現在の合格率20%すら維持できなくなるでしょう。おそらく、数%台にまで落ち込むのではないでしょうか。
 それでも良いのです。法科大学院に進学する必要がないのですから、後は各受験生の実力次第です。10年やっても、20年やってもかまいませんが、自分で取るべきリスクです。
 このほうが国家試験のあり方としてずっとフェアです。また、3000人も合格させながら、激しい競争試験になりますから、一定の質も確保できるはずです。