今回は、パワーハラスメント(パワハラ)について、具体的にどのような行為が違法とされるかを裁判例と共に紹介します。
厚生労働省のワーキンググループによれば、職場のパワハラは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義づけされています。
しかし、具体的にどのような発言が適正な範囲を超える=違法になるのかは曖昧です。上司は教育のつもりでも、部下にはパワハラと感じられることもあるでしょう。
叱責等が違法と認められた裁判例に、広島高判平成21年5月22日があります。
この判決は、原告が他の従業員を中傷する発言をしたことを受け、上司である被告が指導のために面談し「変な正義心か知らないけど、会社のやることを妨害して何が楽しいんだ。」「あなたがやっていることは犯罪だぞ。」「もうこれ以上続けると、われわれも相当な処分をするからな。」「全体の秩序を乱すような者は要らん。うちには一切要らん。」などと大声で発言した行為について、面談の目的には正当性を認めながらも、具体的な発言行為を違法としました。
違法性が認められたのは、「大きな声を出した」という指導態様と、「人間性を否定するかのような表現を用いた」という発言内容が考慮されたためです。
ここから、指導の際に人格非難と捉えられる表現を用いているか否かは、違法性を判断する一つの重要な要素になると考えられます。
例えば、文書の誤植が多い従業員に「最近誤植ミスが多いから、必ず最後に確認しろ」と注意するよりも、「お前は注意力がないから、必ず最後に確認しろ」と注意した方が、人格非難に該当する可能性は高く、従ってパワハラと認められる可能性が高くなると考えられます。
別の裁判例では、上司が原告およびその他の従業員十数名に対して、電子メールで「やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。」「会社にとっても損失そのものです。」「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の実績を挙げますよ。」などと記載した文面を送った行為について、「人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載」があり「控訴人の名誉感情をいたずらに毀損するものであることは明らかである。」として、違法性を認めました。
ここから、指導においては相手方の名誉感情にも配慮すべきといえます。人格そのものを非難していなくても、必要な範囲を超えて侮辱的な表現を用いるとパワハラに該当する可能性があります。「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。」などの文面は、仮に事実でも業務遂行のための指導とはいえませんし、これを伝えられたところで従業員が鼓舞されてやる気を出すとも考え難く、したがって「指導の範囲を超えた侮辱的な表現」と判断されたのでしょう。
これに関連して、従業員への指導や注意は、他の従業員のいる場所で大声で注意するのではなく、別室に呼ぶなどした方が、注意される側の名誉を害しにくく、パワハラの可能性が低くなると考えられます。
従業員によるパワハラ行為が、従業員を雇用している会社にも、被害者への損害賠償責任を負わせる可能性があります。企業は従業員へ、パワハラへの理解を深める教育をするなどして防ぐ手立てを取るべきでしょう。