1.事案の概要

 本件は、被告人が、勤務先の関連会社が管理する普通乗用自動車を運転中に、いったん路上駐車して近くのコンビニエンスストアまで歩いて買い物に行こうなどと思い、道路の左端に停車し、自動車のエンジンを切って、シートベルトを外すなどした上で、自ら降車するために自動車右側の運転席ドアを開けたところ、右後方から進行してきた被害者運転の自転車に同ドアを衝突させて、同自転車もろとも被害者を路上に転倒させ、よって、被害者に全治約2週間を要する左小指挫傷等の傷害を負わせたという事案です。

 本件において、弁護人は、一般人による自動車のドア開閉行為時の不注意は、業務上の注意義務違反行為ではなく、一般的な注意義務違反行為と解するほかないとして、自動車の運転に関係なくドアを開けた被告人の行為については、特段業務性が認められない以上、業務上過失傷害罪は成立しないと解するのが相当であるとの主張を行いました。

2.判旨

 東京高裁平成25年6月11日判決は、「被告人が、自ら降車するために自車右側の運転席ドアを開けた時点において、自動車の運転自体は既にいったん終了していたとみるほかないとしても、そのことから直ちに、自動車の運転業務を全て終えたとはいえず、自ら降車するために同ドアを開けた被告人の行為は、自動車の運転に付随する行為であって、自動車運転業務の一環としてなされたものと認められる。この点、道路交通法においても、車両等の運転者が守るべき遵守事項の一つとして、『安全を確認しないで、ドアを開き、又は車両等から降りないようにし、及びその車両等に乗車している他の者がこれらの行為により交通の危険を生じさせないようにするため必要な措置を講ずること』が定められていること(同法七一条四号の三)に照らしてみても、自動車を運転していた者が自ら降車するためにドアを開ける行為は、弁護人がいうように自動車の運転と無関係であるとはいえず、むしろ、自動車の運転と密接に関連するものであるから、上述したとおり自動車の運転に付随する行為であって、自動車運転業務の一環としてなされたものとみるのが相当である。

 「そうすると、被告人の上記過失は、刑法二一一条二項本文にいう『自動車の運転上必要な注意』を怠ったとはいえないものの、自動車運転業務の一環として、自ら降車するために自車右側の運転席ドアを開けるに当たり、右後方から進行してくる車両の有無及びその安全を確認して同ドアを開けるべき業務上の注意義務があるのにこれを怠ったものというべきであるから、それによってAに傷害を負わせた被告人の行為につき同条一項前段の業務上過失傷害罪が成立するとした原判断は正当である」と判示し、業務上過失傷害罪の成立を認めました。

3.まとめ

 本裁判例は、自動車を降車するために運転席ドアを開ける行為について、自動車運転過失傷害罪(刑法旧211条2項。現在は、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」5条。)における「自動車の運転上必要な注意」を怠ったとはいえないものの、自動車運転業務の一環として、業務上の注意義務があることを肯定し、業務上過失傷害罪(刑法211条)の成立を認めました。

 自動車を停車して、ドアを開ける際は気を抜きがちですが、自動車を安全に降車するまでは、気を抜かないように注意しましょう。